『これは昔話ではない。今、考えてほしいことなのです」
そんな清水さんは残念ながら昨年7月、83歳で亡くなった。亡くなる2週間前まで、最後の力を振り絞り、修学旅行生に被爆体験を語り聞かせていた。
今、長峰さんは広島平和記念資料館や、主に関東地方の学校などに派遣され、伝承者として清水さんの言葉を語り継ぐ。
中学校での活動が多い長峰さんは「戦争のこと、原爆のことをよく知らない人、特に子どもに伝えたいと思っています。私が大人たちに伝えてもらったように」と話す。
嬉しかった体験の一つとして、東京都内の中学校で講話をした後、生徒の感想文をまとめた手作りの文集が送られてきたことがあったという。
長峰「一人の生徒さんが『清水さんは苦しいことだらけだったから、天国でゆっくり休んでください』と書いてくれたのを読んだ時、とっても嬉しかった。清水さんを生身の人間として捉えてくれたからこその感想ですよね。
自分と同じ人間がこれほどの目に遭った、人生を狂わされたということを伝えるのが、私たちの役割なんだと気づきました。だから私は、清水さんの人生を丁寧に伝えるように努めています」
長峰さんは毎回、伝承講話をこんな風に締め括る。
「『核兵器をなくしていく力はどこにあるかといえば、政治の指導者ではなく、私たち一人一人の民衆の力。私たちが声を上げて世界中の人と手をつなぎ、その声を大きな塊にしていくことによって、初めて変化が起きるのではないか』。清水さんはそう信じていました」
「清水さんは、『今が本当に平和なのか、よく考えてほしい』といつも言っていました。世界のどこかで戦争は続き、国の指導者は核兵器に頼っています。
皆さん、世の中の動きに敏感になってください。あふれる情報をただ信じ込むのではなく、いろいろな人と話し、自分で調べて、自分の頭で考えてください。そしておかしいと思ったら、ぜひ声を上げてください。
清水さんが被爆体験を伝える時、必ず言っていたのは、次の言葉でした。『これは昔話ではありません。今、考えてほしいことなのです』」
文/中島早苗

