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「アクションってしんどいな」本当に死ぬ思いで…俳優・木村達成が語るドラマ版『水滸伝』過酷な撮影の裏側と打ち上げでの北方謙三

「アクションってしんどいな」本当に死ぬ思いで…俳優・木村達成が語るドラマ版『水滸伝』過酷な撮影の裏側と打ち上げでの北方謙三

北方謙三の小説『水滸伝』は群像劇なのに、なぜ読んでいるうちに“北方謙三そのもの”が浮かび上がってくるのか。ドラマ版『水滸伝』で史進役を演じる俳優・木村達成は撮影の打ち上げで直接北方と会い、作品への理解が増したという。過酷だったという撮影の裏側とともに作品を考察する。

すべてのキャラクターが北方先生だ

──ドラマの『北方謙三 水滸伝』の打ち上げがあったそうですね。北方先生のご様子はどうでした?

木村達成(以下同) 少しお話させていただきましたが、緊張しました。でも、思ったよりも気さくな方でした。おしゃべりがお上手で、マイクを持っている時は笑いを取って場を盛り上げていました。エンターテイナーだなあ、と。

大勢を引き連れていくこともできる晁蓋(ちょうがい)的でもあり、じっと周りを見渡している宋江(そうこう)的でもあって、若い頃はそれこそ史進(ししん)だったんじゃないか。そんな想像をしました。

──前回、四巻は「李逵(りき)に全部持っていかれた」とおっしゃっていましたが、ほかの登場人物で印象に残った人はいますか。

李俊(りしゅん)が好きですね。四巻で好きだったのは李俊と李逵。

──李俊はどんなところがお好きですか。

商才があってお金を持っていて、自分の人生だけなら何の問題もないのに、世のため人のために叛乱(はんらん)軍をつくって山に籠るところです。しかも後先を考えずに叛乱を起こそうとするのではなく、闇の商売をちゃんと残してお金を得られるようにしている。頭がいいんです。

──たしかにそうですね。ビジネスと叛乱を両方とも視野に入れ、なおかつ実現していますね。

そう、経営者なんです。頭が回るし、腕も立つ。李俊は今後、梁山泊(りょうざんぱく)に不可欠な存在になってくるんだろうなという予感がしますね。

──李俊は貧しい生い立ちから成り上がったけれど、暴れたい。人生に波乱があってほしい

李俊はこんなことを言っています。

「なにもかも、ぶち毀(こわ)すような暴れ方をしてみたいものだな。(中略)俺は、退屈しているのかもしれん。役人を丸めこんだりすることだけが、うまくなった。このあたりで、俺に逆らってこようとするやつもいなくなったし」
(北方謙三『水滸伝』第四巻「道蛇(どうだ)の章」集英社文庫 p215)

いま思ったんですけど、きっとこれは北方先生が思っていることです。いろいろなキャラクターに、自分の心の中にあるセリフを言わせているんだと思います。

──北方先生は、小説を書くことを含め、人が表現するものはすべてが自己表現だとインタビューでよくお話しになっています。

それ、僕もよくわかります。音楽劇『銀河鉄道の夜2020』(白井晃演出、KAAT神奈川芸術劇場)でジョバンニを演じたときに同じことを思いました。原作者の宮沢賢治のほかの本を読んでジョバンニを演じたら、理屈ではなくジョバンニの気持ちが分かったんです。

ほかにも、『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』(五戸真理枝演出、PARCO劇場)でハムレットを演じた時も、原作者の太宰治は自分が考えていたことをハムレットたち登場人物にやらせているんだなと思いました。

太宰治がシェイクスピアの『ハムレット』をもとに書いた戯曲形式の小説が原作なんですが、シェイクスピアのハムレットとはかなり違うハムレットで、太宰治を思わせるところがあるんです。

──なるほど、作者自身が主人公に投影されているんですね。

そうなんです。そうか、『水滸伝』に出てくる登場人物は全員、北方先生なんだと思います。 『水滸伝』にはたくさんの登場人物が出てきますけど、北方先生ご自身の幼少期や青年期、壮年期が反映されているのではないでしょうか。人生のある時期はこういうキャラクターだった、またある時期はこういうキャラクターだった、ということが『水滸伝』の登場人物たちに投影されてるんじゃないかな。

その中でも北方先生が色濃く自分だなって思うのが史進だったんじゃないかなあ、と想像しています。

四巻まで読んで、だんだん北方先生のことがわかってきたような気がしてきました。『水滸伝』は北方先生の自叙伝でもあるんじゃないでしょうか。

公孫勝(こうそんしょう)と林冲(りんちゅう)の言い合いから感じた“漢(おとこ)”

──梁山泊もいよいよ動き出しそうですね。晁蓋が刀を打つことで決起の決意を固める場面があります。ただ、宋(そう)の軍を排除して鄆城(うんじょう)を解放したものの、鄆城で商売をするとほかの町でできなかったり、城内の治安が悪化するなど、宋からの妨害があってうまくいきません。

でも、今のところ梁山泊軍はめちゃくちゃ強い。負け知らずです。

──まだ梁山泊の全貌がわかっていないから、宋が梁山泊を舐(な)めているところもありますよね。

そうですね。宋に人数で押されたら、梁山泊軍もまだ勝てないでしょう。でも梁山泊の致死軍は千人力です。神出鬼没の強力な部隊ですから。

──ところが、この巻の致死軍は、宋の王和(おうわ)が率いる精鋭を集めた部隊とぶつかって、途中までは押されていたんですよね。

そこへ林冲が駆けつけて逆転する。致死軍のリーダーの公孫勝がけがをして帰ってきて、林冲と言い争いになった場面がありました。林冲が「なぜ、私の到着を待たなかった」と言うところからのやりとりがよかったですね。

「林冲の騎馬隊が、あれほど速かったとはな。私は、官軍の騎馬隊の速さをもとに、考えていたのだ」
「笑わせるな。俺が調練を続けた騎馬隊が、官軍の騎馬隊より速いのは当たり前だ」
「私に、謝らせようとしているのか、林冲?」
「そんなことではない。致死軍も、動きを考えろと言っているのだ。いつまでも、致死軍だけではあるまい」
「致死軍は、致死軍だけなのだ。ほかの誰も当てにしない。しかし、当てにはされる。そういう軍であろう、と努めてきた」
「傲慢な男だ」
「私は、誇りの話をしている」
(北方謙三『水滸伝』第四巻「道蛇の章」集英社文庫 p151)

まさか公孫勝と林冲が言い合いするとは思っていませんでした。二人はお互い完璧なところは似ているけれど、両極端なキャラ。その二人の言い合いに、“漢(おとこ)だなあ”と感じて、いいなあと思いました。お互いに目指す場所は同じ。だからこそ、考え方の違いが歯がゆくもある。読者も歯がゆいでしょう、あのくだりは。

──たしかに。梁山泊はまだできたばかりで、まだまだ練れていないんでしょうね。相互の信頼感がこれからの課題でしょうか。

ここからですね、お互いを信用して連携を取って戦うようになるのは。僕(史進)もまだ梁山泊に入っていません。

あれ? 史進は四巻ではまだ王進(おうしん)先生のとこにいるのかな? そのへんのことは書かれていないからわからないけれど、きっとまだ王進先生のところで修行しているんでしょう。

──四巻は、史進はお休みでしたね。

噂だけ。敵の青蓮寺(せいれんじ)の間で少華山(しょうかざん)の頭目が代わったという話が出てきました。少華山は頭目が朱武(しゅぶ)になって、史進が率いていた時よりも叛乱軍的になってきたと警戒され始めていました。

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