「ショート→外野→投手」――最初から波乱だった8年間
大阪桐蔭で春夏連覇を達成し、2018年ドラフトで4球団競合の末に中日へ入団した根尾は、当初「遊撃手一本」でプロのスタートを切った。
しかし、プロの壁は厚く打撃不振に苦しんだ。2021年にはプロ初本塁打となる満塁弾を放つなど大器の片鱗を見せたものの、遊撃手として定着することはできなかった。
転機となったのが2022年だ。外野への登録変更を経て、シーズン途中に投手として一軍初登板。最速150キロを記録し、巨人の主砲・岡本和真から空振り三振を奪うなど鮮烈なインパクトを残した。その年限りで投手専念が決まり、根尾の野球人生は大きく方向を変えることになった。
当時、投手転向を決断させた立浪和義前監督は、のちにYouTube番組で「ピッチャーに変わったときはすごく良かった。ただコントロールで苦労した」と、その潜在能力を認めつつも制球難という壁にぶつかった過程を振り返っている。
高校時代に「根尾なら何でもできる」と言われた万能スターは、プロの世界でショート、外野、そして投手へと居場所を変えながら戦い続けてきた。投手転向後も試行錯誤は続いたが、その流れを大きく変える出会いが待っていた。
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涌井秀章が授けた「きれいに立ちなさい」の意味
投手専念から数年、根尾には明確な覚醒の兆しが見え始めていた。
2024年オフからチームの百戦錬磨のベテラン・涌井秀章に弟子入りし、合同自主トレを敢行。「足を上げたときに、きれいに立ちなさい」という核心的な助言を受けた。軸足でしっかりと立ち、タメを作って腕の通り道を一定にする新フォームに取り組み、ストレートの球威も一段と増した。
4月8日のDeNA戦(横浜)では、延長10回を三者凡退に抑えてプロ8年目にして念願の「プロ初勝利」を記録。最速150キロの直球と涌井直伝の新フォームで掴み取った1勝に、中日ファンの間には「ようやく根尾が始まった」という歓喜が広がった。
