「終わった街」ではなく、生まれ変わる途中だった
ただし、その投稿をめぐっては、「閉館した施設だけを見て廃墟化と呼ぶのは違う」「再開発の途中なのではないか」といった反論も相次いだ。
今のお台場で起きているのは、単純な「衰退」なのか。それとも、街が別の姿へ変わっていく途中なのか。
谷頭氏は、「“終わった街”と見るのは正確ではありません」と話す。
「確かに、かつて私たちがイメージしていた“観光地・お台場”はひとつの区切りを迎えていると思います。
ただ、先ほどお話ししたように、そもそもお台場は観光地だけを目指してつくられた街ではありません。
今、起きているのは、お台場そのものが終わっているのではなく、街の役割が切り替わっている途中だと考えたほうがいいでしょう」
大江戸温泉物語が営業終了した理由は、客足の減少ではなく、事業用の定期借地権設定契約の期限が来たためである。さらにパレットタウンは、もともと臨海副都心の未利用地を暫定的に活用する施設として誕生し、当初予定を大幅に超えて20年以上営業した後、跡地の本格的な再開発が進むことになり営業を終了した。
また、東京都によれば、臨海副都心の2024年の来訪者数は5110万人で、過去最高の2015年5680万人には届かないものの、約9割の水準である。「廃墟化」の状態とは程遠い。
実際、かつてのランドマークが姿を消す一方で、新しい施設も生まれている。
旧パレットタウン跡地の東側には、2025年10月に約1万人を収容できる「TOYOTA ARENA TOKYO」が開業。
お台場に隣接する有明では2026年3月、テレビ朝日の複合型エンターテインメント施設「TOKYO DREAM PARK」がオープンした。さらに、お台場海浜公園では同月、大型噴水「東京アクアシンフォニー」の運用も始まっている。さらに実現するかは未知数だが、SBIグループは米ラスベガスの目玉施設である球体型アリーナ「Sphere(スフィア)」の日本版の設置をめざすと発表した。
かつての風景を知る人ほど「寂しくなった」と感じるかもしれないが、新しい街の姿はまだ完成していない。その「空白」の時期にあることが「終わった」という印象につながっているようだ。
さらに谷頭氏は、人々の街の使い方そのものが変わったことも大きいと指摘する。
「以前は『お台場に行くこと』自体が目的になっていました。ところが、今は『ライブがあるから』『展示会があるから』など、目的があって街を訪れるケースが増えています。
街そのものではなく、体験を目的に移動する人が増えたことで、人が集まる日とそうでない日の差が以前より大きくなっているのでしょう」
「人がいなくなった」というより「人が見えにくくなった」とも言えるだろう。イベントがない日の閑散とした風景だけを見れば、「お台場は終わった」「廃墟化している」という印象を持つ人がいるのも無理はない。
復活のカギは「街全体」をどうつくるか
生まれ変わるフェーズにいるお台場は今後、再びにぎわいを取り戻すことはできるのだろうか。
谷頭氏は、「可能性は十分ある」としながらも、その行方は「五分五分」だとみる。
「お台場には、アリーナや展示会場など、多くの人を呼び込める施設があります。ただ、それぞれの施設が“点”として存在しているだけでは、街全体のにぎわいにはつながりません」
重要なのは、イベントを目的に訪れた人が、そのまま街の中を歩きたくなるような仕組みをつくれるかどうかだという。
「例えばライブを見に来ても、それが終わったら駅へ向かって、そのまま帰ってしまうのであれば、街にはなかなか人が残りません。
ライブの前後に食事をしたり、買い物をしたり、ほかの場所にも足を運んだりする。そうやって一つひとつの施設をつなぎ、人が街を回遊するようになって初めて、“点”だったものが“面”になっていくんです」
そのためには、それぞれの施設や事業者が個別に人を集めるだけでは限界がある。
「お台場全体を“こういう街にしていく”というビジョンを描き、街を一体としてマネジメントする存在が欠かせません。それが行政なのか、民間企業なのか、あるいは両者が協力する形なのかはわかりません。ただ、街全体を見渡して、それぞれの施設をつなげていくリーダーシップが必要です」
かつてデートスポットやレジャーの街として、多くの人でにぎわったお台場。その風景は確かに大きく変わった。しかし、ランドマークがなくなったことと、街そのものが“終わった”ことは同じではない。
「廃墟化」という言葉の裏側で進んでいたのは、かつての観光地としての姿が変わり、新しい役割を持つ街へと移り変わっていく過程だった。
お台場がこの先、どんな街へ生まれ変わっていくのか。その答えが見えるのは、もう少し先になりそうだ。
取材・文/森田浩明(A4studio)

