40代で大学進学、学び直しがもたらした音楽の変化
第2子は2007年9月9日、第3子は2012年9月18日に誕生し、相川さんは3児の母として子育てと音楽活動を両立してきた。
40代になると、高校中退のまま歩んできた自分の人生を改めて見つめ直すようになり、43歳で高卒認定試験に合格。さらに長年関わってきた「赤米神事」※を守り、どう発展させていくかを考える中で、「祭祀を含めてきちんと学びたい」という思いが強くなり、大学受験を決意。2020年、國學院大學神道文化学部に一般入試で合格した。
※長崎県対馬市などに伝承される、赤米の栽培・奉納に関わる神事。相川さんは2011年に対馬で赤米文化と出会い、以降、継承活動を支援している。
「40歳を過ぎて長男が高校生になり、あと2年で成人すると思ったときに、この子たちが巣立ったあと“子どもが自分のすべて”という状態だと、逆に子どもたちに迷惑をかけるかもしれないと思うようになって。
ずっと子離れできないのは子どもたちにとって重たいし、“そこまでお願いしてないよ”って思われちゃうのは寂しいなって。だから、自分の人生のやりたいこともやると決めて、事務所にも家族にもなるべく迷惑をかけない範囲で頑張るという条件で、大学生活をスタートしました」
日中は大学に通い、5限が終わればすぐに帰宅する。子どもたちが家に戻ってくる時間には必ず家にいて、「いつもの景色」は変えないようにした。大学優先で仕事はセーブする方針だったが、コロナ禍と重なり授業がオンラインに移行。結果的には当初想定していたほど仕事を減らさず学業と両立でき、卒業生総代として学部を卒業。そのまま大学院へ進学し、2026年3月には大学院を修了した。
「大学で過ごした4年間は、間違いなく私の人生を変えました。学び直して、知らなかったことを知って、もともと持っていた知識も整理してアウトプットできるものになった。音楽活動も、感覚だけでなく論理的に、地に足のついた形でできるようになったと思います。長男と同い年の同級生と過ごしたことで、ワクワクと不安が入り混じっていた、自分が上京してきた頃の感覚を思い出せて、新しいことに挑戦するモチベーションももらえました。
それに大学に行ったら、しばらくアルバムは出せないと覚悟していたのに、実際には1年生のとき、成績が学年3位で悔しくて、1位になりたくて勉強した結果、そのプレッシャーから現実逃避で曲が書きたくなるようになって(笑)。結果的に5枚のアルバムができたし、改めて歌うことの幸せにも気づけました」
「昔より楽しませられる」、51歳で再び武道館へ
自身が51歳で迎える2026年11月2日の日本武道館公演は、「人生後半戦の集大成」のステージになると決心している。1997年に行われた初の武道館公演から約30年。再び同じステージに立つ今、相川さんは何を思うのか。
「昔よりもずっと楽しませられると思うんですよ。20代後半や30代には、そこまで楽しめてなかったんです。あの頃は目の前の課題に一生懸命取り組むことで精一杯だったし、『夢見る少女じゃいられない』を歌うことに対しても、昔の歌ばっかり歌ってるって思われてないかなと不安だった時期もあった。
最近は、同じ曲を歌っていても毎回新鮮なんです。何をしてみんなを驚かせよう、どんな写真を撮ったら、あとで見返したときに喜んでもらえるかなと考えながら、ライブの時間を自分も含めて楽しむ感覚が強くなりました。
50代になると、親しい人が病気になったり、亡くなったりすることも増えてきて、人生の折り返しをすごく意識するようになりました。何が起きるかわからないからこそ、悔いのないように生きたい。だから、日々の生活の中でいいところを見つけて楽しんでいくほうが豊かだなって思うようになりました」
武道館という特別な場所に、28年ぶりに立つ相川七瀬。そこには、ブレイク、子育て、学び直しを経た現在地が映し出されるステージになりそうだ。
取材・文/福永太朗

