華やかな芸能界でスポットライトを浴びるスターたち。その中には、もしも違う道を歩んでいたら、スポーツや芸術の世界で名を残していたかもしれない才能の持ち主も少なくない。本連載では、そんな芸能人たちの"もう一つの人生"に迫る。
今回は、俳優・竹内涼真。爽やかな笑顔と端正なルックスで人気を集める一方、その青春の大半はサッカーに捧げられていた。
もし芸能界へ進んでいなかったら──。その名前はJリーグのピッチで、多くのサポーターに叫ばれていたかもしれないのだ。
東京ヴェルディユースでプロを目指した日々
竹内がサッカーを始めたのは5歳の頃だった。ボールを蹴ることが何より好きで、小学生、中学生と競技を続け、その才能はやがて名門・東京ヴェルディのユースチームへと導かれていく。ポジションはDF(センターバック)。同期には、後にプロとなる杉本竜士や南秀仁らの名も並んでいた。
ヴェルディユースといえば、日本サッカー界でも屈指の育成組織。数多くのJリーガーや日本代表選手を輩出してきた名門中の名門である。その環境に身を置いたという事実だけでも、竹内の実力が並外れたものであったことは想像に難くない。
本人も「絶対にプロサッカー選手になる」と信じ、高校生活のすべてをサッカーに注ぎ込んでいたという。
挫折が教えてくれた"本当の強さ"
だが、現実は甘くなかった。ヴェルディユースには全国から才能あふれる選手が集まる。竹内は後年、「試合には全然出られなかった」「ダメダメの3年間だった」と当時を率直に振り返っている。
さらに、ケガにも苦しめられた。高校時代を振り返り、「ネガティブだった」「失敗を恐れてばかりいた」と語る竹内は、その弱さこそがプロになれなかった最大の理由だったと自己分析している。
チームは高校2、3年時にクラブユース選手権で2年連続の日本一に輝いたが、竹内自身は思うような出場機会を得られず、仲間たちがプロへの道を切り開いていく姿を見送るしかなかった。サッカーだけが人生だった青年にとって、それはあまりにも重い現実だった。
【関連】竹内涼真の新恋人は土居志央梨!過去作で見せた過激セクシー演技に再注目
