納税しなければ「永住許可」“取り消し”に? 突然の法案に戸惑う声も…「移民受け入れ」推進する政府の“思惑”とは

3月15日、政府は技能実習に代わる新制度「育成就労」を新設する法案を閣議決定した。

この法案には、「永住者」資格で在留する外国人が税や社会保険料を納めない場合には永住許可を取り消せるようにする規定も含まれている。

「1年以下の懲役・禁錮刑でも永住許可取り消しを可能に」を検討

出入国管理庁(入管)が公開している「永住許可に関するガイドライン」によると、永住許可の法律上の要件には「素行が善良であること」や「生計を営むに足りる資産を有すること」「原則として10年以上在留していること」などに加えて、「公的義務(納税、公的年金や公的医療保険の保険料の納付、出入国管理及び難民認定法に定める届出など)を適正に履行していること」が含まれている。

現在の法律では、いちど永住許可が満たされた外国人については、要件を満たさなくなった場合にも資格を取り消すことは原則としてできない。

入管は「永住者が故意に納税などを怠る事例がある」として、悪質なケースがあった場合は地方自治体が同庁に通報して許可を取り消せる仕組みにすることを求めている。

また、現行法でも1年超の懲役刑や禁錮刑を課された外国人は強制退去の対象になるが、今回の法改正では1年以下の懲役・禁錮刑であっても永住許可の取り消しを可能にすることを検討している。

閣議決定された法案は入管の公式サイトにも「国会提出法案」として掲載されており、今国会で成立する見込みだ。

「外国人が日本で安心して暮らすことができなくなる」

新制度の方針について発表された2月9日、NPO法人「移住者と連帯する全国ネットワーク」は「永住者に対する新たな在留資格取消制度の導入に反対する声明」を発表した。

声明によると、永住者の在留資格は、一定年数日本で暮らし、安定的な生活を送っているなどの厳しい要件を満たしてはじめて認められる。また、近年では永住許可の審査は厳格化しており、長年日本で生活していても永住が許可されない外国籍住民が多くなっているという。

永住資格の申請時には安定して生計を立てられていた外国人が、病気や失業、経済の悪化などにより生計が立てられなくなる可能性はある。また、収入の減少や手続きのミスなどにより税金や社会保険料を滞納してしまうことは、誰にでも起こり得る。

他の在留資格には状況によって更新できなくなるリスクがあるため、永住許可は日本で安定した生活を送ることを希望する外国人の”命綱”となってきた。しかし、法改正により、永住許可にも些細なきっかけで取り消されるリスクが存在するようになれば、外国人が日本で安心して暮らすことができなくなるという。

「また、税金や社会保険料の滞納や、退去強制事由に該当しない軽微な法令違反に対しては、日本国籍者に対するのと同様に法律に従って督促、差押、行政罰や刑罰といったペナルティを課せば十分であり、外国籍住民にのみ日本で十分な生活基盤を築いて永住許可を受けたにも関わらず在留資格取消というペナルティが課されるのだとすれば、これは外国籍住民に対する差別です」(声明より)

声明によると2023年6月末の時点で永住者の数は約88万人であり、在留外国人の約27%を占めている。そのうち、18歳未満の永住者は約10万人。親の永住許可と連動して子どもの永住許可が取り消されるとすれば、子どもの進路や将来にも深刻な影響が生じることが懸念される。

突如として表に出た“永住許可取り消し案”

外国人事件の経験が豊富で入管の問題にも詳しい丸山由紀弁護士は今回の法改正の問題について、「日本は外国人の労働力を必要としており、実際に移民の労働力に頼ってきながら、政府はその事実を認めようとしてきませんでした」と話す。

「むしろ、必要なときだけ受け入れ、不要になったら出ていかせることができる存在にとどめようとして、管理を強化してきたという経緯があります。今回の法案は、永住者をも、そのような管理の対象にしようとするものです」(丸山弁護士)

外国人の永住許可の取り消しについては、政府(入管庁)は以前から検討していたという。

2022年6月14日に発表された、外国人材の受け入れ・共生に関する関係閣僚会議の「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」には、「……永住許可後に永住者としての要件を満たさなくなったと思われる事案に対処できる仕組みを構築する必要がある」と記載されていた。同日に発表された「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和4年度改訂)」にも、永住者のあり方について見直し・検討を行っていくという旨の記載がされている。

しかし、上記のロードマップでは、2024年まで調査・検討を行い、実施は2025年からとなっていた。また、調査・検討の状況は、これまで一切公表されていなかった。永住許可の取り消しに関する具体的な提案は、2月9日に発表された方針で、突如として表に出たかたちになる。

通常、重要な法律を改正する際には段階的な手続きがふまれる。永住許可の取り消しと同じく今国会で成立が目指されている共同親権の導入についても、有識者会議や審議会が行われてきた。「反対運動が盛り上がる前に法案を通してしまおう、というねらいがあるのではないか」と丸山弁護士は危惧した。


入管は以前から「外国人の永住許可取り消し」を検討してきた(Ken Galbraith / PIXTA)

移民受け入れに消極的な層を説得するための「取り引き」?

入管は、永住者が納税を怠る事例があることを強調する。しかし、外国人の税や社会保険料の滞納が日本国籍者よりも有意に多いことや、最近になって増えていることを証明する客観的な資料や統計は示されていない。

では、なぜ数年前から永住許可の取り消しが検討されているのか。丸山弁護士が示唆するのは、将来的に「特定技能2号」の在留資格で受け入れる外国人の数を増やしたいと考えている政府(自民党)が、移民受け入れに消極的な層を説得するための“取り引きの材料”として、永住許可の取り消しを持ち出しているという可能性だ。

つまり、現に永住許可を受けている外国人の側に問題があるのではなく、経済のために移民の数を増やす政策と「移民に反対する層の支持を失いたくない」という思惑を両立させるために、政府の支持層のあいまいな“不安”を優先して参政権を持たない外国人たちの具体的な人権を制限する、という構図があるかもしれない。

外国籍の子どもや若者の将来設計にもたらされる悪影響

「法案では、永住許可の取り消しがされた場合、原則として、他の在留資格に変更されることになっています。ただし、他の在留資格への変更を認めるかどうか、どの在留資格に変更するかは、入管側が判断することになっています。つまり、救済措置は一応用意されていますが、その救済措置をどのように運用するかは入管次第です」(丸山弁護士)

たとえば親が「永住者」であり子が「定住者」の資格である場合、親の永住許可が取り消されると子の在留資格も変更され、その内容によっては原則として就労が認められなくなるほか、奨学金も利用できなくなる。子の職業や学業の選択肢を大幅に狭めて、人生設計に深刻な悪影響を及ぼす可能性がある。

また、1年以下の懲役・禁錮刑であっても取り消しの対象になると、「絡まれて反撃をしたが、正当防衛が成立する要件を満たさなかった」などの場合にも永住許可が取り消される可能性がある。とくに若者は日本人・外国人問わずに軽犯罪を行ってしまう可能性が高いことを考慮すると、厳し過ぎる条件かもしれない。

X(旧Twitter)では、今回の法案に反対の声を挙げた外国系の若者がバッシングを受けるという事態が起こった。丸山弁護士も「とくに当事者である永住者が声を上げにくくなっている」と、この状況を憂慮している。