離島の子育て支援から探る「孤育て」問題解決の糸口

美しい海に囲まれた自然豊かな与論島は、鹿児島県の中で最も沖縄県に近い離島。約5,000人が暮らすこの島は、地域のつながりも深く、伸び伸びと子育てができる良い環境である一方で、産婦人科も分娩施設もありません。

出産時や病気にかかったときには島外の病院にかかる必要があり、その際の経済的負担は大きいといいます。また、子育てに関する情報も少なく、特に島に移住してきたばかりの妊婦さんは情報取得が難しく、不安や悩みを抱えやすいといった問題もあります。

そんな与論島が抱える子育て問題に向き合うのが、5人のママさんたちにより結成されたNPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず(外部リンク)です。

2016年に有志としてスタートした同団体は2020年に法人化。2021年に内閣府が実施する「子供と家族・若者応援団表彰」の子育て・家族支援部門において内閣総理大臣表彰を受賞、2023年に「男女共同参画・少子化関連顕彰事業」の活動部門において優秀活動賞を受賞するなど、数々の賞に輝いています。

今記事では、与論島における「あんまぁ〜ず」の取り組みを通して、離島や地方が抱える子育て問題や、いま日本社会で問題視される子育て家庭の孤立化「孤育て」問題の解決のヒントを探ります。

代表を務める内野正世(うちの・まさよ)さんにお話を伺いました。


「あんまぁ〜ず」で代表を務める与論島生まれ、与論島育ちの内野さん

孤独、経済的負担……。与論島の妊婦が抱える問題

――与論島などの離島における出産、子育てにはどのような問題があるのでしょうか?

内野さん(以下、敬称略):与論島は子育てがしやすい環境だと思うんです。地域の方々が子どもを大切にしてくれますし、どこへいっても子どもを第一に考えてくださる。自然も豊かですし、そういう点ではとても贅沢といえるかもしれません。

ただ、島内に産婦人科がないことでお母さんたちが困ってしまう場面も少なくありません。例えば、産婦人科の先生が定期的に島に来てくれるんですが、悪天候で飛行機が飛ばなかった場合、その定期検診が延期になってしまいます。しかも次回は2週間後といったようにだいぶ先に延びてしまうんです。コロナ禍ではもっとひどい状況が続き、2カ月間検診を受けられない妊婦さんもいました。

また、出産間近になったら、ほとんどの妊婦さんが1人で沖縄まで飛んで、そこで出産日を迎えます。いつ生まれるか分からない状況で、妊婦さんはたった一人……。それは不安ですよね。実際に、「あんまぁ~ず」のメンバーの一人は妊娠6カ月のときに不正出血して、沖縄に運ばれ、そのまま出産するまで一人で心細い時期を過ごしました。

そのような場合、一時退院して与論島に戻るのも大変ですし、沖縄でホテル暮らしを続けるのにもお金がかかります。どちらにしても負担が大きいんです。


与論島の妊婦が抱える出産問題について語る内野さん

――そんな妊婦さんたちを支えるために、「あんまぁ~ず」を立ち上げられたそうですね。

内野:はい。私も10年前に出産しましたが、不安で仕方がありませんでした。ちょっとした異変があったら飛行機で沖縄まで行って、何事もなければ与論島に戻って来る、の繰り返し。出産時も、1カ月間たった一人で沖縄で過ごしました。ただでさえ出産は大変なことなのに、誰も周囲にいないからとにかく孤独で、毎日泣いていたのを覚えています。

そこで、同じようなつらい思いをする妊婦さんを少しでも減らしたいと、「あんまぁ~ず」を立ち上げました。与論島の妊婦さんが、安価で安心して沖縄に滞在できる宿泊施設を提供する「Yadoo!(やどぅー)プロジェクト」(外部リンク)が最初に取り組んだ支援になります。

宿泊施設の大家さんが私たちの活動に共感してくれて、滞在する妊婦さんやお子さんのことをいつも気にかけ、何かあったら助けてくれるんです。そういった安心できる環境も、この宿泊施設の大きな魅力だと思います。


妊婦さん本人は1泊3,000円、付添い家族は大人1泊1,000円、子ども1泊500円で出産滞在できる沖縄・那覇にある宿泊施設。料金は、その他クリーニング代、事務手数料のみがかかる。写真提供:NPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず
 


あんまぁ〜ずの取り組みに共感し、宿泊施設を提供してくれた大家さん。写真提供:NPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず

――それから活動の幅は広がっていますか?

内野:はい。お母さん同士で子どもの“お下がり”を譲り合う制服・子ども服のリユース活動「attara(アッタラ)」(外部リンク)や、島内外の企業や店舗の方に賛同いただき子どもの出産を島全体でお祝いするプロジェクト(外部リンク)、子育ての合間をぬってママがリフレッシュできる「mamaSUP(ママサップ)」(外部リンク)など、出産だけでなく子育てを支援するプロジェクトを立ち上げました。

また、2022年には子育て支援施設「ASiBee(アシビー)」(外部リンク)もオープンし、与論島で暮らすママさん、パパさんたちが定期的に交流できる場所も提供しています。


制服・子ども服のリユース活動「attara」で集まった制服の数々。写真提供:NPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず


論島の美しい海でSUPを楽しむ「mamaSUP」参加者のママたち。写真提供:NPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず

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「孤育て」を防ぐために、継続的な人とのつながりを生み出す

――内野さんをはじめ、実際に子育てをしているママさんたちが「あんまぁ~ず」の中心メンバーですよね。子育てに忙しい中で活動するのは大変じゃないかと想像します。

内野:大変ですし、私たちの活動自体が最初のうちはなかなか理解を得られませんでした。

沖縄での宿泊支援の必要性について周囲に訴えかけた際も「安い宿を使えばいいじゃない」と言われてしまうこともありました。でも、比較的に安いマンスリーマンションでは急な出産や緊急入院などで退去の手続きをするのは難しく、また自炊ができないホテルでは妊娠中に毎日コンビニやスーパーのお弁当生活といった生活を続けなければなりません。

そんな状況を打破したくて、自分たちの子育てもちゃんとしながら声を上げ続けていたら、少しずつ賛同してくださる方々が増えていきました。

――そうやって奮闘する「あんまぁ~ず」の皆さんのおかげで、孤独から救われる親御さんたちは少なくないと思います。一方で、日本社会では、母親(または父親)が親族や地域から孤立した状態で子育てを行う「孤育て」が問題視されています。

内野:親御さんの中にも、自ら外に出ていける人と、出ていけない人とがいると思うんです。後者の場合、例えば私たちが運営するような子育て支援施設があったとしても、そこではなかなかお会いすることはできないですよね。だから、居場所づくりだけではなく、訪問型の支援も充実させていく必要があると思います。

いま私たちもそういった訪問型の子育て支援に関わっていて、なかなか外に出られない親御さんたちにもお会いすることができます。そこで「今度、遊びにおいでよ」と声をかけることで、内気な親御さんの背中を押してあげられるのかな、と思っています。

私たちが「孤育て」で苦しむ親御さんをつくらないために目指しているのは、「妊娠中から関わる」ことです。例えば、母子手帳を発行するタイミングから関わって、母親学級や出産準備などのステップに移行しながら、継続的なつながりを形成することが重要だと考えています。


子育て支援施設「ASiBee」で開催された「ベビーマッサージ」イベントの様子。写真提供:NPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず


「あんまぁ〜ず」が開催した「お絵描きワークショップ」の様子。写真提供:NPO法人よろん出産子育て応援隊あんまぁ~ず

――いかに「継続したつながり」をつくり出せるかどうか、ですね。

内野:はい。継続したつながりをつくるために考えたのが「出産お祝いプロジェクト」です。申し込んでくれた親御さんは、子どもが生まれると与論島のさまざまなお店からプレゼントを受け取れるんですが、そうすると自然と第三者との接点が生まれますよね。

「出産お疲れさま」「おめでとう」といろんな人から声をかけてもらえる。そうやって、親御さんと島の人たちが自然と出会える機会をつくり、つながりを生み出すことが、私たちの大切な役割だと考えています。


「出産お祝いプロジェクト」に協賛する島内外の企業や店舗