
ワイン業界で最も権威ある称号「マスター・オブ・ワイン(MW)」を持つメンバーが山梨を訪問。畑やワイナリーを巡りながら、日本ワインの特徴や可能性を世界的な視点から探った。
3月、MWによる「日本ワインの産地を巡る視察ツアー」が5日間にわたり行われた。ツアーには世界各国から30人のMWが参加し、日本ワインの中心産地を訪れた。
長野県のワイナリーを巡った後、山梨県へ移動。「グレイスワイン」三澤ヴィンヤード、「サントリー登美の丘ワイナリー」「勝沼醸造」「マンズワイン」「98WINEs」を訪問した。
世界のMW、日本ワインのここに注目
マスター・オブ・ワイン(MW)は、ワイン業界において最も権威のある称号とされる。英国ロンドンに本部を置くマスター・オブ・ワイン協会が認定し、現在は世界で約420人。生産者、バイヤー、メディアなど世界のワイン業界に強い影響力を持つ専門家が名を連ねる。
MW協会は、世界各地のワイン産地を訪れるスタディツアーを毎年実施しており、産地の視察や生産者との意見交換を通じて理解を深めている。
近年、国際ワインコンクールにおいて山梨をはじめとした日本ワインや日本酒の受賞が相次いでいることなどから、協会内でも日本の酒類への関心が高まっているという。今回の視察には100人を越す参加希望が寄せられたことからも、注目度の高さがうかがえる。
ジャパンツアーは、こうした流れを背景に実現したものだ。総合プロデュースは、日本在住の日本人として初めてMWとなった大橋健一氏が担った。大橋氏は栃木県を拠点に酒類専門店を経営し、国内外のワイン業界とのネットワークを持つ。
ツアーには欧州、米国、シンガポール、豪州、南アフリカ、インドなどからMWが参加し、東京での日本ワインセミナーや試飲会を経て長野、そして山梨へ移動。ワイナリーや酒蔵の視察、セミナー、テイスティングイベントなどが行われ、日本ワインのテロワールや品質への理解を深める機会となった。
そして何より、海外では十分に知られていなかった日本のワイン造りが、世界に向けて開かれた記念すべきイベントとなった。

大橋健一MW
MWによる産地視察とはどのようなものか。大橋MWはその意義をこう説明する。
「産地を訪れ、訪問先の生産者と意見をシェアし合うことで、小さなコンサルテーションが生まれます。MW側も学びながら生産者側にもフィードバックをする、相互的な関係性が成立するのです」
視察先は、世界的に有名なワイン産地とは限らない。これまでスペインのヘレスや南米のウルグアイ、ボリビア、ペルーなどが対象となったこともあり、今年はチェコも予定されているという。定番の銘醸地よりも、これから注目される地域を訪れることが多いそうだ。
今回の訪問地として山梨県が選ばれた理由について、大橋MWはこう話す。
「山梨県は日本ワインの発祥の地であり、生産量、畑面積、ワイナリー数のいずれをとっても中心的存在です。海外のコンクールでも多くの実績を残しており、産業として日本ワインを見るなら、まず山梨を見る必要があると思います」
視察では、専門家にどのようなワインを紹介するかも重要だ。大橋MWは「トップレベルのワインを見せることが不可欠」と言う。
なかでも甲州については次のように言及した。
「甲州は鉄分(Fe²⁺)の含有量が比較的少ないため、生魚と合わせてもオフフレーバーが出にくい特徴があり、日本の食文化との親和性が高い。また、アルコール度数が自然と低めになる傾向もあり、軽やかなスタイルが評価される現在のトレンドの中では強みになり得ます」
海外の専門家が日本を訪れることは、日本のワイン産地がどのように評価され、どこに関心が向けられているかを知る機会でもある。大橋MWはそこに、日本のワイン業界が新しい視点を得る可能性を見ている。
ワイナリー訪問「勝沼醸造」

「勝沼醸造」取締役・製造部長の有賀翔氏が棚栽培の甲州を解説
山梨県視察ツアーの2日目、最初に一行が訪れたのは、甲州市勝沼にある「勝沼醸造」だ。
畑では取締役・製造部長の有賀翔氏が、棚栽培の甲州について解説。
続くセミナーでは甲州の特徴、雨の多い日本の気候に応じた栽培の工夫、そして勝沼という産地の歴史を紹介。果皮が厚く高湿度にも耐える甲州は、日本の気候に適した品種としてあらためて位置付けられた。
特にMWたちの関心を集めていたのが、1房ずつ袋をかける「傘掛け栽培」である。果実を雨や病害から守るこの方法により、農薬使用を抑えながら安定した品質を確保できる。
セミナーでは、気候変動への関心も集まった。近年は降雨量の増加や台風の滞留など雨の降り方が変化しているという。気温上昇も顕著で、2025年などは8月を通じてほぼ30℃を下回らない高温が続いたと説明された。

「勝沼醸造」にて生産者の説明に耳を傾ける。セミナー終了後には、多くのMWがワインを購入する場面も見られた

試飲ワイン『御坂甲州 樽醗酵2011年』『伊勢原2025年』『鳥居平2025年』『下岩崎2025年』(左から)
試飲では、『下岩崎』『鳥居平』『伊勢原』と3区画の甲州を比較。それぞれの畑から造られた2005年ヴィンテージのバレルサンプルが供された。同一の醸造方法でも土壌や地形によって味わいが異なることが示され、MWたちは香りや酸の質感、構造の違いについて活発に意見を交わした。
試飲の最後、熟成した甲州の例として『御坂甲州 樽醗酵 2011年』が供された。時間の経過がもたらす複雑な香りや質感が示され、甲州の熟成ポテンシャルについても議論が広がった。
インド初のマスター・オブ・ワインであるソナル・ホランドMWは、さまざまな甲州を飲み比べるこの試飲を「非常に興味深い経験」と語り、特に『伊勢原2025年』については、若いうちから楽しめると同時に熟成の可能性を備えている点を高く評価した。
「下岩崎はよりフルーティーで開いた印象。鳥居平年はよりストラクチャーがあり、引き締まったスタイル。そして伊勢原はとても美しく、バランスに優れ、熟成のポテンシャルも感じられます」
醸造については「甲州ワインはシンプルに感じられることもありますが、樽発酵や澱熟成、スキンコンタクトなどの醸造によって、より興味深い表現になると感じます」と語った。

