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「私がいなくなったら…」重度自閉症の息子を遺し逝った妻。父が独りで向き合う「親なきあと」の絶望と希望

「私がいなくなったら…」重度自閉症の息子を遺し逝った妻。父が独りで向き合う「親なきあと」の絶望と希望

◆喪失感と向き合い、少しずつ前向きに

中野真一郎
妻・中野智子さんが入院中に書き残したノート
――亡くなられた時の喪失感は、どのようにして乗り越えていかれたのですか。

中野:息子は言葉でのやり取りができないので、家庭の中に会話がなくなってしまったのが、最初は本当に寂しかったですね。それまで当たり前にあった夫婦の会話がなくなって、食事も息子と黙々と食べるようになりました。

ただ、振り返ると、私は妻が残してくれた縁にずっと助けられてきたと感じます。とてもじゃないけど、一人では乗り越えられなかったと思います。

それと、妻が亡くなってから関わることになった執筆活動にも、救われた部分が大きかったですね。妻は入院中、自身の体験や思いを日記のようなかたちでノートに書き残していたんです。

もともと妻が「自閉児を抱えた親が余命宣告されたら、どのような事態が起きるのか」を伝えたいと考え、前著を通じてつながりのあった出版社に企画を持ち込んでいました。そうした経緯もあり、妻が手書きで書いたノートの内容を、私がパソコンで整理して出版社に送っていました。

妻が自分の思いを書き終えたところで、出版社から「この分量では書籍としては難しいので、お父さんも書きませんか」と言われて。、当初は「自分に文章なんて書けるのか」と思いましたが、妻が残りわずかな時間の中で書き残したものを何とか形にしたい思いから引き受けました。

中野真一郎
『私がいなくなったら(のこされた自閉息子と父は……)』(ぶどう社)
そこから、息子と私の「残された側」の視点を書き足し、共著という形で『私がいなくなったら(のこされた自閉息子と父は……)』(ぶどう社)を出版することになりました。文章にすることで気持ちが整理されて、結果的にグリーフケアにつながったかもしれません。

出版後も、ブログ『わたしがいなくなってから…残された自閉息子と父の上を向いて歩こう』で書き続けています。それがきっかけでつながった人たちもいます。同じように障がいのある子どもを育てる親の話を聞くと、「自分だけじゃないんだな」と感じる。そうした交流が、喪失感を少しずつ埋めてくれているように思います。

◆社会性を育むため、新たな挑戦

――息子さんの将来を見据えて、意識されていることはありますか。

中野:障がいのある子どもを持つ親は、「人に迷惑をかけたらいけない」という気持ちがどうしても強くて、家にこもりがちになることもあると思うんです。でも、それだと社会性が育たない。なので、私は本人の成長段階を見ながら、できるだけ外で新しいことにチャレンジする機会をつくるようにしています。

息子は今、高校2年生で、あと2年で卒業です。その後、就労ができるのか、障害年金で生活していけるのかなど、考えることもだんだんと成人後の生活に移ってきています。

私が元気なうちは一緒に暮らして支えることができますが、いずれはグループホームに入るなどして、自分で生活していかなければならない。そのときに困らないように、今のうちから少しずつ自立する力を身につけていければと思い、作業を学べる場に連れて行ったりもしています。


配信元: 日刊SPA!

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