◆紛争地域探訪がいつしかライフワークに
ーーなぜ紛争地域に? 海外を好きな方はいると思うのですが、わざわざ危険な場所に行く必要は⋯⋯。那珂川:初めて海外旅行へ行った場所が、旧紛争地域のすぐ隣で。学生時代の留学生に会いに行くくらいの軽いノリで着いたら、国連スタッフが常駐していたり、難民の旧キャンプがあったりする、独特な空気を醸し出している場所でした。
でも地元の人は「隣の国は本当にいいところだよ、一度行ってみるといい。」なんて声が聞こえてくるんです。どうしても気になり次の旅行で訪れてみたら、たしかに景色も美しく、現地の人も日本人の感性に似ているなと思いました。でも社会問題は山積みで、敗戦から復興した日本との違いを感じました。
私の実家は貧乏だったけど、海外の現実を見て安定して豊かな社会があるから好きなことをしても生きていけたと感じたし、どうすればそういう社会ができるのかということを考えるようになりました。
そこから、紛争地域を訪ねるのが1つのライフワークになったような気がします。帰国後も、その地域の復旧に関わった日本人の国連スタッフが開催するイベントに足を運ぶようになりました。
◆荒れた地域で生まれ育ったから…
ーー旧紛争地域といえども、危ないイメージしかありません。那珂川:そうですね。もちろん地域差はあるものの、“安定していない場所”という言い方が正しいかもしれません。
私が以前訪れたところでは、2つの民族が何十年と争っていました。国連の部隊が2者の地域の狭間にいて、観光客がそこを超えるようなら、住民からとんでもない形相で警戒されるような場所です。
話を聞くと、双方が相手方の軍ではない人間に殺されたと言う。逆に殺したであろう人もいました。国の命令で軍が市民を殺すのもあってはならないことですが、非常時に市民が市民を殺した場合、証拠も裁判も何もないし、手打ちの仕組みがない。永久に恨みが残る。戦争が終わっても復興どころじゃない。
別の国では街にミサイルが落ちてくるような経験もしましたが、それは国家間の戦争なので後方では治安は保たれていて、例の街の方が危険な雰囲気でした。まさに、法律のない世界を象徴したような出来事でした。
ーーやはり危険ですよね。紛争地域に出向くメンタルは一体どこからくるのでしょうか?
那珂川:私がもともと、当時ひどく荒れていた町の出身だからだと思います。ニュータウンでもヤクザがいたり、派手に万引しても地元のしがらみで誰も通報しない、喫茶店や通学路で発砲事件があり、繁華街一帯が頻繁に封鎖され、若者の行方不明者が多すぎて警察がまともに取り合わない、そんな危険と隣り合わせの場所で生まれ育ちました。
あまりに犯罪が多いからか、学校から名前とクラスをデカデカと書いた名札を貼ったジャージで生活しろと言われる。元国連の人に昔の話をすると、日本にもそんな地域があったんだと呆れられました。そのような環境にいたため、“安定していない場所”への抵抗が少ないのだと思います。

