◆前途多難な幕開けだった巨人時代
もう1人の恩師である原とは、橋上が巨人の戦略コーチに就任した2012年からの3年間をともに戦った。2011年秋に就任が決まっていたものの、橋上の招聘に動いた当時のGMが直前に解任されてしまう。
さらに、当時の監督であった原からは球団から任務の内容をまったく聞いていないという話を打ち明けられ、戸惑いと不安に襲われた。一部で「スパイ」などと否定的な報道をされるなか、歓迎されない立場からのスタートとなる。
だが、少し時間が経ってから原と再び会った際、「こちらが困ったことがあったら必ず君に質問する。そのときは遠慮なく答えてほしい」と言葉をかけられた。
その言葉を意気に感じ、作戦面だけにとどまらず、試合が進行していくなかでチームの戦力として機能している選手と機能していない選手について、事細かにチェックする役割に徹する。
◆どん底を打破するための策が一致した
2012年シーズンが開幕すると、巨人は連敗を重ねて最悪の滑り出しとなった。5勝11敗で迎えた神宮球場でのヤクルト戦で3連敗を喫すると、借金9となり最下位にあえぐ。試合後、原監督の号令の下で首脳陣全員が集まり、緊急ミーティングが行われた。「見ての通り、今チームはどん底の状態にある。みんなで知恵を出し合って打開策を講じたい。遠慮なく意見を言ってほしい」
原がそう促すと、コーチ陣から打順の入れ替えやスタメンの変更など様々な意見が出た。原は首をひねったままで、橋上は指揮官が求めている答えではないと直感する。
「橋上、君はどう思うんだ?」
原からこう意見を求められた橋上は、明確に「小笠原(道大)の起用法に悩んでいるのではないですか?」と切り出した。
原はうなずき、「よく言ってくれた。実はオレも小笠原の起用法に悩んでいた。たしかに彼はチームを3連覇に導いてくれた功労者だが、君の言葉で踏ん切りがついた。今後は起用を見直そうじゃないか」と応じてくれたのだ。
2007年からのリーグ3連覇、09年の日本一に貢献した小笠原だが、このシーズンは37歳を超え、衰えが目立ち始めていた。現状を打破する策として、原のなかではスタメンから外す決断をしようとしていた一方、踏ん切りをつけられずにいたのだ。結果として、橋上の指摘が指揮官の覚悟を決める後押しとなる。

