◆「私が電話をしなければ」という悔い
「14時くらいだと思います。仕事をしていたら、スマホが鳴りました。相手は警察で、真菜と莉子が事故に遭ったのでとにかく来てくださいと。『生きているんでしょうか』と聞いても、答えられないようでした。上司に報告すると、『一緒に行く』と言ってくれたようです。このあたりの記憶が、正直あまりないんです」無事でいてくれているのか――冒頭で紹介したLINEの文言は、そんな悲痛な思いで送られたものだ。だが病院に向かう電車のなかで、松永さんのスマホにニュース速報が飛び込んできた。そこに書かれた「心肺停止」の文字。松永さんは「電車内に、その場でへたり込んでしまいました」と俯いた。
つい数時間前、テレビ電話をした妻子が亡くなっているという現実。「あのとき、私が電話をしなければ、あるいは時間がズレていて加害者の車と出会わなかったのでは無いかと考えた時期もありました」。どこまでも自分を責める時期が続いた。
◆14時になると手が震えるように
犯罪被害者になって知った現実もある。病院に犯罪被害者支援室の担当者がきて、一緒に自宅まで帰った。自宅付近にいたのは、マスコミだった。「かつてのような、激しい取材行動はありませんでした。私が家の前に着くと、みんな道を開けてくれて、良識のある対応だったと思います。けれども、仕事ではありますから、家に入るとインターホンを鳴らしてはきます。内心、みなさん複雑だったのではないでしょうか」
たとえ月日が経っても、事件の後遺症からは逃れられない。事件後1カ月ほどは忌引休暇や有給休暇などを組み合わせることができたが、それ以降は会社員としての日々が続く。
「大々的に報じられた事件であり、私の身に何が起きたかを知らない人はいないわけです。そんななかで、周囲に気を使わせてしまうのは申し訳ないとずっと思っていました。けれどもやはり、事件からしばらくは、事故を知らせる警察からの着信があった14時ころになると、手が震えてきてしまうんです。そこで、トイレの個室に駆け込んでひとりで泣いていました」
事件当時、松永さん家族は、松永さんの親族が所有する物件を借りて住んでいた。だが事件後はどうしても同じ場所にいられない。
「いつものように真菜が料理を始めるんじゃないかとか、莉子が部屋からひょこっと顔を出すのではないかとか、頭ではあり得ないとわかっていてもそんなことを考えて、悲しくなってしまうんです」

