危険性の正体
では、紫鉛筆の何が危険なのだろうか。明治35年の事故をきっかけに研究されて、紫コピー鉛筆の芯の問題が明らかになっていく。
化学の知識がないので、調べて私の理解できた範囲での簡単な説明となるが、まず失明に至るような害を及ぼすのは、コピー鉛筆の芯に含まれる「メチルバイオレット」によるところが大きい。メチルバイオレットはアニリン色素の一種で、コピー鉛筆の芯として、コピーを取るのに適した特性を持っていた。
メチルバイオレットの「水に溶けて浸透する」というコピーに適した特性が、眼に入った際に涙に溶けて角膜に浸透してしまい、大きな問題を引き起こした。
ただし、最初の事故以降は、すぐに目を洗浄し薬をさすなどの対応で、大事に至らなかったケースが多かった。最初のケースでは、眼に入ってから時間が経っていたことや、紫コピー鉛筆の芯が及ぼす影響が知られていなかったことが災いした。診察した医師が『風眼』という別の眼の病気の治療法を施したことも重なり、手遅れになって回復に至らなかったのだ。
また、コピー用鉛筆の芯に含まれるメチルバイオレットは、コピー用鉛筆だけでなく、コピー用のインクにも含まれているが、コピー用のインクによる事故やそれに伴う使用禁止の動きは見られない。これはおそらくインクの場合眼に入る状況が起こりにくかったのと、元から液体であるコピー用インク(=メチルバイオレット)が眼に入った場合、すぐに眼内に広がり即座に激痛を感じるという。そのため、即洗い流す行動が直感的に行われ、大事に至らなかったのではないかと推測される。
インクに比べて、鉛筆の芯は固めてあるため眼に入ってもすぐには広がらず、時間をかけて溶け出す。更に粘土質の物質が混ぜられているので、眼の中で張り付いてしまい、結果的に局所的に大きなダメージを与えてしまう可能性がある。
*東京丸善工作部の早印刷(こんにゃく版によるコピー)用のインキの箱。コピー用のインキは紫が主流だった。明治20~30年代頃コピー用鉛筆の改良
紫のコピー鉛筆は、その後どうなったのか。
紫のコピー用鉛筆で起きたことを知る前から、なんとなく「何かの問題が起きて、その後改良されたらしい」と思っていた。それは、私のコレクションの一つであるコピー鉛筆の台紙に「無害」と明記されているからだ。
*大正頃のSTAEDTLERと真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆。真崎市川鉛筆(現在の三菱鉛筆)がSTAEDTLERをお手本に国産したものと推測。
*「無害」と印刷されている。(シールではない)。禁止令を受けて、何らかの改良がくわえられたものであろう。 今回、実際に起きたことが分かったことで、「すぐに洗えば大事に至らない、とわかっていても子どもも使っていたようだし、文部省からは使用禁止令、学校からも排除の措置が取られていた状態では、対処しないわけにいかなかったのだな。」と辻褄があった気がした。だがコピー用鉛筆の芯に適したメチルバイオレットに代わる染料があったのだろうか。
どうもメチルバイオレットを安全性の高い別の染料に切り替えた、などという根本的な対応ではなかったようだ。当時はほとんどが輸入品である上に、そう簡単に都合のいい代わりの染料が見つかるはずもない。
では、一体何が変わったのだろうか。
思い浮かぶところとしては「芯を削るときに折れて眼に入るのが問題」だったので、「粘土質の成分を増やして折れにくくした」程度の改良だ。更に、芯の破片が手につき、そのまま目をこすってしまうというリスクを回避するためにキャップを付けたことも考えられるが、コピー用鉛筆の芯は通常の芯より折れやすいので、それを保護するためにもともとキャップをつけていた可能性もあり、何とも言えない。
つまり、この表記は「無害」であって「無毒」ではない。有害物質でも口に入れなければ大丈夫といったレベルの、結果的に害がなければOKという意味で、できる範囲で多少の改善を試みたといったところだろうか。
