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【連載】文房具百年 #73「紫鉛筆と毒の話」

【連載】文房具百年 #73「紫鉛筆と毒の話」

海外の状況と「メチルバイオレット」について


 同じような事故は、海外でも発生していた。紫のコピー鉛筆の有害性を指摘したのは、1888年にドイツの医師Silexによるものが最初だったという。※2日本でコピー鉛筆どころか普通の鉛筆もまだあまり普及していなかった頃に、海外ではすでにこの鉛筆の問題が確認されていた。ドイツ以外でも、アメリカ、イギリスなどで紫のコピー鉛筆の欠片が眼に入ったことによる事故の報告やそれに伴う研究結果が報告されており、アメリカの医学雑誌「JAMA」の過去の記事でも確認することができる。
 そもそもメチルバイオレットとはどういうモノなのだろうか。実はメチルバイオレットに近しい化合物として「ゲンチアナバイオレット」という化学染料がある。そしてこれらは、「ピオクタニン」の名称で医療現場として長年使われていた。使用用途としては消毒薬とマーキングだ。(メチルバイオレットとゲンチアナバイオレットは厳密には異なる化合物のようだが、ほぼ同じものとして扱われていることが多いようなので、ここではまとめさせていただく。)
 メチルバイオレット、ゲンチアナバイオレットは強い殺菌作用があるため、消毒薬として使われていた。それは1890年にドイツの眼科医Stillingにより、「ピオクタニン」の名前で目薬として紹介され、事故の発生した明治35年当時も広く使われていたことが、前出「毒の話」にも書かれている。
 その後目薬としての使用はなくなったが皮膚への消毒薬として使われていた。塗ると痛みを伴うがよく効く消毒薬だったときくと、そういえば子どものころに「染みて紫色になる消毒薬」があったような気がする。
 マーキングは患部の目印の他に、細胞レベルで着色できる特徴を生かして実験や非常に繊細な部位の特定に使われていたという。

202606taimichi7.jpg*American Lead PencilのPerpetual Pencil(万年鉛筆。ロケットペンシル。1897年特許)の芯。コピー用で紫色。光を当てるとインクの成分なのか、黄味がかかった色に光る。

メチルバイオレット、二度目の退場


 このように医療の現場でも使われていたメチルバイオレットだが、鉛筆としては危険物となった。その違いは濃度と性質となる。医薬品として使われているメチルバイオレット、ゲンチアナバイオレットは、何百倍にも薄められたものだが、鉛筆の芯は高濃度のメチルバイオレットであり、且つ塊で粘性もある。薬の作用があるものも使い方によっては劇薬になるという一例だ。
 なお、文部省より明治37年に発令された紫のコピー用鉛筆の原則使用禁止令は、その後解除された様子はない。恐らくより便利なコピーを取る手段が増えていったこと、紫以外のコピー用鉛筆があったことなどから紫のコピー用鉛筆自体が使われなくなり、解除する必要性がなかったのであろう。そしてもちろん当時医薬品として使われていたメチルバイオレット、ゲンチアナバイオレット、ピオクタニンは使用禁止にならなかった。
 では、メチルバイオレット、ゲンチアナバイオレット、ピオクタニンはその後どうなったのか。調べてみると現在は使用禁止となっている。驚いたのは、使用禁止になった年だ。厚生労働省から原則使用禁止令が出されたのは、令和3年2021年12月28日だった。
 令和3年!(年末なのでほぼ令和4年!)120年前のことを調べていたら、いきなり現代に引き戻されたようで衝撃を受けた。これは120年前の紫コピー用鉛筆の使用禁止令と関連はあるのか。
 令和3年の禁止令の理由は「遺伝毒性及び発がん性が認められた」とある。120年前には、鉛筆芯の形状と限定されるものの、見て分かる破壊力で退場となった。この時点では医薬品としては残っていたのでイエローカードのようなレベル感だろうか。
 その後120年かけて、薄めたとしてもDNAや細胞レベルで悪影響を及ぼすということが分かり、今度はレッドカードが出された。明治時代と令和の現代において違う形で確認されたが、ベースはこの物質の強い殺菌力と浸透力に紐づいているのだろうと、素人なりに理解した。

202606taimichi8.jpg*厚生労働省が出した通達。クリスタルバイオレットはゲンチアナバイオレットの別名。https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc6384&dataType=1&pageNo=1M
配信元: 文具のとびら

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