信州八ヶ岳山麓の茅野と蓼科は、古代よりさまざまな人や生き物、そして作家や歌人、映画監督などの文人たちをも惹きつけた、魅力ある土地。茅野在住の生活芸術家、ひがしちかさんの案内で、自然の恵みを実感し、活字のシャワーを浴びるように"知"の豊かさを味わいに行く。
この記事は後編です。前編はこちらから。 17のスポットを紹介する中編はこちらから。

営みに必要なものは古くから八ヶ岳の自然がもたらした。
茅野の自然に触れて、生きるための〝知〞について考えるようになったひがしさんは、2022年に傘ブランド〈コシラエル〉を畳んだ後、見よう見まねで野菜や米づくりを始めた。耕作で迷いがあれば、無農薬野菜を扱う『おかげさま農園』の阿部智子さんのもとへ。
「智ちゃんは私の農作業の先生。無農薬で作物を育てるのは大変なのに、彼女がそれを楽しそうにやっているのを見ると嬉しくて。また、自然食品と量り売りの店『イツトクル』の(高林)愛佳ちゃんも、環境に配慮しながら自然食品を扱うのは簡単ではないのに、一人でお店を笑顔で切り盛りしている。お客さんも急かさずにちゃんと待つんですよね」
畑仕事をしている時間が本当に幸せと話すひがしさん。土を触るだけで、爪にまで入ってくる細かさや独特の匂いなど、発見の連続。
「お米、野菜、ハーブ、空気、水、土……植物を通して知るあらゆることには、人間が生きるための知恵が凝縮されています。必要なものはすべて自然から与えられていて、身の回りに揃っているんです」
同様に薪割りも新しい発見に満ちた作業。その知識について書かれた『薪を焚く』からは、技術以外にもさまざまなことを得た。「茅野に来た当初は薪ストーブを焚くのに薪や火の扱い方に試行錯誤。でも薪を無心に割っていると癒やされるというか、メディテーション効果があるんです。縦に割った木の断面に、宙から見下ろした地上絵みたいな景色を見つけるのは、割った人にしかわからない。そういう体験は唯一無二です」
山や森、川が生んだ自然の恵みは、どうやら1万年以上前に生きていた縄文人たちも呼び寄せたらしい。茅野には数多くの縄文遺跡があり、住みやすい土地だったのではと推測されるという。縄文中期の尖石(とがりいし)遺跡などから発掘された、たくさんの土器や土偶は、『茅野市尖石縄文考古館』で見ることができる。
「『土の中からでてきたよ』は考古館で見つけた本。縄文人は言葉を持っていなかったのに、風や木、水や草などと通じ合うことができたらしいんです。ここに来ると、無言のままにそういう素晴らしさを教えてくれている気がして。縄文人の持つ自然に近しい部分、平和な精神に心惹かれます」
知人が茅野に来ると必ず連れていくというのが『神長官守矢史料館』。ここは諏訪大社上社の神長官を勤めた守矢家の史料を集めた施設で、ひがしさんが20代の頃から持っている『日本の神々』に掲載されている。
「ところが載っていることをすっかり忘れていたんです。本を貸した友達から教えられて、再読したらすごく良くて。昔読み飛ばしたページの場所に今住んでいる不思議を感じます。本は読むタイミングによって受け取り方も心に響く箇所も変わるし、過去の自分とつながることができる。素晴らしいことです」
20代ではあまり響かなかったけれど、今はここに年間20回以上は訪れる。
「神様とは何かを知りたくて『日本の神々』を買った記憶がありますが、今は自然こそが神かなという気がします。この本で白洲正子が『私の中のあれ』というエッセイに、野生では消えてしまったリンドウが、晩秋の木漏れ日の中で咲いているのを見つけ、拝みたくなった、と書いています。私はその気持ちがわかると思ったんです。手を合わせたくなるほどの『ありがとう』という感謝の気持ちが」
行きつけの店のどこに入っても、ひがしさんは店の人に「ありがとねー」と歌うように言う。その清らかな感謝の声は、人々にも茅野の豊潤な自然にも伝わっているに違いない。

