ボルドー・プリムール2025 特別レポート右岸九景――「少収穫の当たり年」を巡る旅《前編》ポムロール/サンテミリオン 有力9シャトー訪問記

ボルドー・プリムール2025 特別レポート右岸九景――「少収穫の当たり年」を巡る旅《前編》ポムロール/サンテミリオン 有力9シャトー訪問記

1. シャトー・ペトリュス――極限の乾燥が凝縮させた「静かなる怪物」

画像: ペトリュスの醸造責任者オリヴィエ・ベルエ氏。2008年に父ジャン・クロードから醸造を受け継いだ

ペトリュスの醸造責任者オリヴィエ・ベルエ氏。2008年に父ジャン・クロードから醸造を受け継いだ

ポムロールの丘の最上部、約11.4haのシャトー・ペトリュスの畑。表土の硬い「クラップ」層の下に、スポンジのように水分を保つ青色粘土「ブルー・クレイ」が横たわる。2025年のような極端な干ばつ下でメルロへ水分を供給し続けたこの粘土こそ生命線だ。格付けを持たないポムロールでほぼメルロのみのこのシャトーが事実上の頂点に君臨してきたのも、テロワールの優位性ゆえ。率いるのは2008年から醸造責任者を務めるオリヴィエ・ベルエ氏。父から受け継いだ「観察」の哲学が、今年ほど試された年はない。

異常さは数字が物語る。乾燥で粒は極小化し果皮は分厚くなり、通常135〜155kgで足りる100Lのワインに2025年は190kgを要した。果汁収量は約30%減、最終収量は約20hl/ha。若木は8月28日、核心部のメルロは9月5〜11日に収穫。「早く摘まねば酸が失われる」という焦燥が漂うなか、ベルエはスイスのことわざ「急がずに、素早い決断を下す」を引き、最適な成熟を静かに待った。

画像: 2000年以降、年2回シャトーを訪れ、プリムールと瓶詰ボトルの試飲を行っているが、2025年産プリムールは別格のエレガントさを持つ

2000年以降、年2回シャトーを訪れ、プリムールと瓶詰ボトルの試飲を行っているが、2025年産プリムールは別格のエレガントさを持つ

タンニンとフェノールが過去に類を見ないほど豊富で、醸造は「ハンドブレーキを引いてモンテカルロ・ラリーを走るよう」だった。発酵は25度以下、マセレーションは大幅に短い13〜14日間。大規模なルモンタージュを避けて微細な酸素を「拡散」させ、粘度の高い搾汁でも酵母が活動できるよう配慮した。流行を盲信せず、その年の植物の挙動を過去の知見に照らす――それがペトリュスの流儀だ。

チーム論も印象的だ。ベルエ氏はNASAの逸話を引く。宇宙飛行士から清掃員まで全職員が「あなたの仕事は」と問われ「人類を月へ送ることだ」と答えたという。「ペトリュスも同じ。全員が最高の一瓶を送り出す目的を共有する」。浮き沈みに左右されない安定感は、この結束にある。

試飲した2025年は、圧倒的なタンニンの骨格を持ちながら焙煎香も過熟のニュアンスも一切なく、驚くほど純粋な果実味に貫かれる。アルコール14.5%、pH3.55。ベルエ氏は伝説の1989年と比べ「同等の力強さに加え、2025年の方がフレッシュさと輝き(éclat)が際立つ」と評す。「バーの隅に座り、自らの力を確信するがゆえに虚勢を張る必要のない屈強な男。それが今年のペトリュスだ」。静かなる自信に満ちたヴィンテージである。

画像1: 2025年ヴィンテージ数値サマリー

2025年ヴィンテージ数値サマリー

2. シャトー・レヴァンジル――精密な「3クッション」が導いた一打

画像: 2020年から、シャトー・エヴァンジルの醸造責任者を務めるジュリエット・クデールさん

2020年から、シャトー・エヴァンジルの醸造責任者を務めるジュリエット・クデールさん

ポムロールの高台、ペトリュスやシュヴァル・ブランに比肩する一等地にレヴァンジルがある。1990年からラフィット(DBR)の所有となり、かつて「重厚でパテのよう」と評されたスタイルは近年、驚くべきエネルギーと透明感を得た。2025年、ジュリエットさんが掲げたテーマは「3クッションのビリヤード」。複雑な条件を計算し尽くし跳ね返りを経てゴールに至る、自然を知的に乗り越えた一年を象徴する。

特徴は極限の乾燥だ。5月20日〜8月20日の降水量はわずか38mm。「砂漠を横断するようだった」と彼女は振り返る。反応は二極化し、保水力の高い粘土質区画は光合成を維持したが、砂利質(グラーヴ)区画は7〜8月初旬に生育が停滞。果粒は0.6〜0.7gと例年の3分の2に凝縮し、「乾燥したブルーベリーのよう」。収量は粘土質28〜30hl/ha、砂利質15〜18hl/ha、平均23hl/haにとどまった。

ところが届いた果汁は先入観を裏切った。発酵初期のpHは3.55〜3.6とポムロールには異例の高酸度で、彼女は「レモンジュースのようなフレッシュさ」と形容する。2022年のような紫外線の「日焼け」がなく、アロマと酸が保たれたのだ。砂利質のタンニンが硬くなりやすいと見越して抽出を抑え、品質最優先でグラン・ヴァン比率を60%に絞った(残り40%はセカンド「ブラゾン」へ)。ブレンドはメルロ86%、CF13%、CS1%。アルコールは13.7%に収まり、洗練を保った。

画像: ペトリュスに比肩する一等地に建つレヴァンジルの邸宅と畑

ペトリュスに比肩する一等地に建つレヴァンジルの邸宅と畑

2020年就任の彼女の哲学を象徴するのが、名バイオリニスト、オイストラフの逸話だ。ストラディバリウスを「幸運な楽器」と称賛された彼は言った。「これだけでは何も聞こえない。音楽にするのは私だ」。テロワールは至高の楽器、作り手はその個性を引き出す奏者であるべき――弦を強く弾きすぎない自制こそ、今年の演奏の要だった。

試飲で最も印象的なのは、密度の高い黒系果実の奥を貫く「鮮烈な赤い果実のライン」だ。彼女はこの酸の輝きを伝説の1966年に重ね、「2022年の力強さと2023年のエレガンスが融合した」と総括する。シャトー出し価格は前年並みの96ユーロと2014年以来の安値で、市場では屈指の「買い」との声も。価格が厳しく問われる今年、品質と価格の均衡にギリギリの回答を出した。

画像2: 2025年ヴィンテージ数値サマリー

2025年ヴィンテージ数値サマリー

画像1: キュヴェ

キュヴェ

配信元: ワイン王国

提供元

プロフィール画像

ワイン王国

『ワイン王国』(隔月刊)は、生産者や日本を代表するソムリエの協力の下、世界のワイン情報をはじめ、現地取材による世界各国の生産地のワイン&グルメスポットや観光スポット、また食とのマリアージュ企画など、美味しくて役に立つ情報を満載しています。“おうち飲み”にうれしい1000円台&2000円台のワインを紹介する「ブラインド・テイスティング」企画は創刊号から続いている人気コーナーです。

あなたにおすすめ