3. シャトー・トロロン・モンド――禁断の合言葉「飲みやすいワイン=ビュヴァビリテ」

トロロン・モンドを率いるエムリック・ドゥ・ジロンド社長
トロロン・モンドはサンテミリオンの丘の頂、標高約100mに立つ。1745年に「モンド」領として創設、1850年にレイモン・トロロンが取得し現名となった。現在は保険会社SCOR所有、ドゥ・ジロンド社長の下、濃厚路線からエレガンスと「飲みやすさ」へ劇的に進化している。
同シャトーが直面したのは稀に見る極端な気象だった。2月15日には「過去最も遅い生育サイクル」と予測されながら、29日には一転「過去最も早い」サイクルへ突入。収穫は史上最速の8月28日に始まった。8月15日前後には41度の熱風が3日間吹き、西向き区画は約40%を失ったが、東向きは45〜48hl/haを維持(全体平均27hl/ha)。真価を発揮したのが石灰岩と粘土の層状テロワールで、冬の雨を蓄え夏も水分を供給し、水ストレスに陥らない。「格付け制度、それはテロワールだ。良い土地を持つか否か。評価を決めるのはそれだけだ」。過酷な年ほど輝く自社の土地への自負がにじむ。
近年の哲学は、高級ワイン界でタブー視されがちな一語に集約される。「ビュヴァビリテ(飲みやすさ)」。「美しい響きではないが、これこそ真実だ」とドゥ・ジロンド氏は言う。理想は、友人や妻と少しずつ楽しむうちデザートの頃に「もう飲み干したのか」と驚くワイン。そのため強い抽出を廃し穏やかなルモンタージュのみとし、大樽(フードル)比率を40%へ高めた(新樽50%)。試飲したワインはpH3.43の鮮烈さ、石灰質由来の「チョークの粉」のような緻密さ、チェリーやバラの華やかなアロマが印象的で、アルコールは13.9%。ブレンドはメルロ85%、CS13%、CF2%。

シャトー・トロロンモンドの石灰岩と粘土が層を成す、標高100mの丘の上のテロワール
日本の専門家の興味を引くのは苗木の逸話だろう。同シャトーのカベルネ・フランは、オーゾンヌのアラン・ヴォーティエが選別したセレクション・マサルを、先代クリスティーヌ・ヴァレットが「頼み込んで」譲り受けたもの。低収量ながら極めてフローラルなこの苗木を、数年前トラブルに見舞われた隣人ラ・コンセイヤントへも迷わず融通した。
「隣人が困る時に助けぬわけにはいかない」。右岸トップ間の強い連帯を物語る。
もう一つの注目は、新たに取得した10haから生まれる新ワイン「Mondo(モンド)」だ。新樽を一切使わず、純粋な果実味と石灰質由来のフレッシュさを前面に出す。メルロ90%、CF10%で、将来はフラン比率を30%へ高める計画だ。
「娘が20歳になった時にケースで飲み干すワインを作りたい」と笑う社長の視線は、新しい世代へ向く。テロワールという「貴族の血」と現代性。トロロン・モンドは気候変動の時代への一つの解を示す。

2025年ヴィンテージ数値サマリー
4. シャトー・シュヴァル・ブラン――「犠牲」が完成させた完璧なパズル

2017年からメットル・ド・シェとして醸造現場を指揮しているキャロル・アンドレさん
右岸全体の指標が、サンテミリオンの至宝シュヴァル・ブランだ。6月初旬〜8月20日の降雨量はわずか40mm。8月11日には観測史上最高の41.6度を記録し、熱波が砂利質区画や若木を深刻な水ストレスにさらした。この危機に栽培責任者ニコラ・コルポランディ氏が下したのは「戦略的犠牲」――樹の生存と残る房の成熟を守るグリーンハーベストだ。総支配人のクルーエ氏は「葉を守り、房の成熟サイクルを維持する挑戦だった」と振り返る。
収穫は9月1〜18日。CFの平均粒重は1gを切る0.8gと驚異的に低く、収量は15hl/haと1961年以来の低水準、生産量は約5万5千本に沈んだ。だが全区画の品質が卓越し、セカンド「ル・プティ・シュヴァル」を造らずグラン・ヴァンのみをリリースする、2015年・2022年に続く異例の決断が下された。ブレンドはメルロ51%、CF45%、CS4%、新樽率100%。熱波の年ながらアルコール12.7%、pH3.76と穏やかだ。「過熟」を避け「フレッシュでカリッとした質感」を摘む哲学が貫かれた。
クルーエ氏の言葉には矜持が宿る。近隣で見られた干ばつ時の灌漑を「単なる水の味の補給で、歴史的な過ちだ」と一刀両断。8月20日以降の60mmを「救いの雨」と呼び、果皮を和らげ糖度を希釈して完璧なバランスをもたらしたという。彼は2025年をスタイルで1998年、低収量とバランスで伝説の1961年になぞらえる。冷凍バクテリアを試した過去の失敗を「大量生産のやり方だ」と笑い、野生酵母と自然なマロラクティック発酵へのこだわりを語る。こうした余裕が気品の源泉だ。

シャトー・シュヴァル・ブラン取締役会会長のピエール・リュルトン氏と、2023年に総支配人の職を受け継いだピエール・オリヴィエ・クルーエ氏
同じチームが手掛けるキノー・ランクロも進化した。2017年新設の醸造所で「区画ごと」の醸造が可能となり精度が飛躍。メルロ主体(62%)ながら植え替えでCSが19%まで高まった。収量17hl/ha、約2万5千本。「土壌をそのまま味わう純粋さがある」とクルーエは語る。
そして価格だ。多くが値下げに動くなか、シュヴァル・ブランは前年276ユーロから約21%高い336ユーロを提示。歴史的低収量という希少性を背景にした強気は、今キャンペーン最大の論争点となった。だがグラスに輝く液体は自信の根拠を物語る。自然の試練に人間が「知性」と「犠牲」で応えた物語だ。1961年の再来となるか――答え合わせは数十年後の楽しみだ。

2025年ヴィンテージ数値サマリー

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