◆設定を演じ切った理由は、「牧村彩香」の看板に対する責任

牧村:不思議と辞めようとはならなかったですね。「もうこの世界で女優として生きていこう」と心に決めて、いろんなものを捨てて飛び込んできたわけですし、「今からは普段の自分とは全く違う、牧村彩香という名前になっていくんだ」という強い覚悟を持って始めていましたから。
――なるほど。業界に入ることは、本来の自分から一度脱却するということでもあったんですね。
牧村: 実は最初のうちは「こういう熟女の設定なのは最初の1作目だけなのかな」なんて淡い期待を抱いていたんです(笑)。「最初はこういうインパクトのある設定でデビューして、次の作品からはまた全然違う、本来の年齢に近い設定で出してもらえるんじゃないか」って。まあ、冷静に考えたらそんなわけないんですけどね(笑)。
――専属契約である以上、一度作られたキャラクターを維持したまま活動をしなければいけなかったんですね。
牧村:そうなんです。当時はとにかく業界のシステムというものが全然分かっていなかったので、最初に「40歳熟女」という設定で大きな精神的ダメージを食らいつつも、「次のメーカーに行ったら違う年齢になれるかもしれない」という期待をどこかで抱き続けていました。でも、当然ながら私は「牧村彩香・40歳」として契約を結んでいるので、その契約が継続している限りは、ずっとずっとその設定のまま進んでいくんです。その現実を突きつけられて、改めてびっくりしてしまって。
――ユーザー側からすれば、デビュー作で魅了された「熟女・牧村彩香」の姿を次も求めているわけですが、本人の内面では「いつか本当の自分に近い姿になれるかもしれない」という葛藤があったと。それでも、モチベーションはどうやって保っていたのですか?
牧村:葛藤はありましたけど、「でも、自分で選んで進んだ道なんだから、とにかく頑張ろう」という気持ちでいました。それに、立ち止まって悩む暇もないくらい、事務所から「はい、次はこの作品を撮るよ」って、ものすごいペースでスケジュールが送られてきたんです(笑)。
――確かに、当時の牧村さんのリリーススピードと作品本数は凄まじいものがありました。
牧村:そうなんです。あとになって「専属契約」という言葉の本当の意味を理解していったのですが、それはつまり「そのメーカーにおけるブランドやイメージを何よりも大事にする」ということなんですよね。だからこそ、私は一度ついた「牧村彩香」というイメージを、絶対に汚さずに守り通したいと強く思うようになったんです。
よく例え話で考えるんですけど、「きぐるみの中に人が入っている」皆わかっているんだけど、言わないじゃないですか。それと同じで、「牧村彩香は、どこまでも牧村彩香でなければいけない」というプロ意識が、自分の中で人一倍強く芽生えていきました。「私の名前は牧村彩香なんだ。生まれた時から牧村彩香なんだ」というくらいに、ある種の思考の切り替えがバチッと行われましたね。
――本来の自分とは異なる年齢設定であっても、それを完璧に演じきることが、メーカーや事務所に対する責任であると。
牧村:はい。年齢設定を変えてもらいたいという初期の期待よりも、「牧村彩香」という看板をメーカーさん、事務所と一緒に背負っている以上は、自分に100%の責任があるという意識の方が変に強くなっていきました。だから、本当に必死に演じていましたね。過去に受けたインタビューでも「本当に真面目なんですね!」ってよく驚かれるんですけど(笑)、台本に書かれているプロフィールなんて、業界的には全部嘘じゃないですか。でも、私はその嘘の設定だったとしても、ファンを裏切らないために、本気で必死に守り通そうとしていたんです。……だからこそ、途中で心が疲れちゃったというのも正直なところありました。
◆5年半に渡るセクシー女優としての活動「現場では1分1秒の無駄な時間も一切ありませんでした」

牧村:2018年にデビューして、2023年までですね。2022年末頃には新しい事務所に移籍したので、新しい芸名含め、セクシー女優としての濃密な活動期間は大体5年半ほどになります。
――リリースされた本数があまりにも多かったので、世間的には「10年近くやっている大ベテランの女優さん」というイメージを持ってしまいがちですが、撮影が大変だった時期のスケジュールは、どのようなものだったのでしょうか?
牧村:私の場合、ありがたいことに専属契約を多くいただいていたので、基本的には月に1回、ガツンと撮影日が入るスタイルでした。ただ、その撮影日がとにかく過酷で、いわゆる「1日2本録り」が当たり前だったんです。
――1日に2本録り。作品の一般的なパッケージといえば、1本あたり120分前後のボリュームがありますが、それを1日で2本分撮影するということですか?
牧村:そうなんです。だから、ユーザーの皆さんは「セクシー女優なんて、楽しくお金がもらえていいよな」なんて簡単に思われがちなんですけど、実際の現場はとんでもない重労働なんです。朝早くに現場入りして、スタッフさんも含めて全員で撮影を始めて、終わる頃には日付を平気で超えています。ひどい時には翌朝5時まで撮影が続くこともあって、これがこの業界というか、ごく当たり前のスケジュールの流れなんですよね。
しかも2本録りとなると、同時に2つの異なる台本が渡されます。ドラマパートがあれば、その場で全く異なる2つの設定のセリフを完璧に覚えなければいけません。作品の方向性だって、例えば1本目は「優しくて包容力のあるお母さん」の熟女モノを撮ったかと思えば、2本目は「ちょっとSっぽい女社長」という風に、真逆のキャラクターを求められたりするんです。それを1日の間で瞬時に脳内を切り替えて演じなくてはいけない。とにかく拘束時間がものすごく長くて、現場では1分1秒の無駄な時間も一切ありませんでした。
――なぜそこまで1日にスケジュールを凝縮させる必要があったのでしょうか?
牧村:私の場合は、東京の都心から離れた「遠方」から毎回撮影現場に通っていたから、という理由もありました。事務所やメーカーさん側も、「遠くからわざわざ来てもらっているんだから、1回でまとめて一気に録っちゃおう」という配慮というか計算があったんだと思います。私としても、ダラダラと何日も拘束されるよりは、1日でバシッと2本分の仕事をやりきってしまった方が気持ち的にも楽だったので、そのスタイルを受け入れていました。専属が終わった後も、企画モノに出演するようになっても、この「1日2本録り」の過酷さは基本的に変わりませんでしたね。ですから、5年半という短い期間のわりには、作品総数としては業界内でもかなり多い部類に入っていたと思います。
――世間的にはトップ女優の牧村さんなら、都内の高級マンションに住んで現場に通っているんだろうというイメージがありました。東京に住もうとは思わなかったのですか?
牧村:それは全く考えなかったですね。私は東京には住めないタイプなんです。とにかく人が多すぎるのが苦手で、個人的にどうしても住みたくないという気持ちが強くて。
ただ、作品の撮影というのは、撮影スタジオも、スタッフさんも、メーカーさんも、すべてが東京に一極集中しています。何か作品を撮ろうとなった時に、東京にいればすぐに移動ができて、すべての準備がスムーズに整うわけです。例えば、業界でよくある「電車内での痴漢モノ」の作品を撮るとなったら、東京の専用スタジオには最初から「電車のセット」が常設されているんですね。
――なるほど、あの電車のシーンはそういったセットで撮影されているのですね。
牧村:そうなんです。セットが東京に揃っているから、パッと行ってすぐに撮影ができる。これをもし「地方で撮影しよう」となったら、東京にある膨大なセットや機材、大人数のスタッフさんたちを地方へわざわざ大移動させなければならなくなって、とんでもない時間とコストがかかってしまいますよね。それなら、地方に住んでいるいろんな女の子たちが、個々に東京の現場へ集まった方が圧倒的に早いですし、スムーズに撮影が行われます。そういった業界の合理的な仕組みを理解していたので、私は「遠方組」として、撮影がある毎に東京へ通うという生活を続けていました。

