◆「牧村彩香」は男の願望が煮詰まった存在

牧村:そうですね、当時はまだ「推し」なんて言葉はそこまで使われていなかったと思います。今はSNSの発達もあって、ファンと演者の距離が物理的にも心理的にも近くなれる機会が圧倒的に増えましたよね。その弊害として、一部のファンの方が「自分、自分、自分!」という風に、自分の個人的な意見や強い感情ばかりを現場で過剰に主張しすぎてしまう傾向が強くなっている気がします。
大前提として、そのイベントは「牧村彩香のイベント」であり、主役は私、参加してくれた全員が平等に楽しむための空間なんです。私はプロとして、来てくれた皆さん全員を等しくおもてなしして、立てるように接しています。なのに、そこを勘違いして「自分がメインだ」と言わんばかりの態度で来られてしまうと、空間そのものが壊れてしまいます。

牧村:もちろん、目の前に私が現れて興奮してしまう、舞い上がってしまうという気持ち自体は、私も人間ですから十分理解できるんです。でも、「そこはいったん落ち着いて、大人の男として冷静になりなさいよ」と言いたかった。
先ほどもお話しした通り、私は実際には「40歳の熟女」でもなければ「子持ちの主婦」でもありません。でも、食事会に来るファンの年齢層というのは、牧村彩香という設定である40歳よりもさらに年上の、私から見たら「お父さん」くらいの年齢の男性たちが非常に多かったんです。それくらい年配の、社会経験も豊富であるはずの大人の男性たちに対して、年下の私が現場で「ちょっと、静かにしてください!」「ルールを守ってください!」って、まるで学校の先生みたいにお説教をしたり、注意を与えたりしなければいけない場面が本当にたくさんありました。
――自分の父親世代の大人たちに向かって、現場で説教をしなければならなかった。そういう困ったファンの方は、やはり多かったのですか?
牧村:本当に多かったです(笑)。私の言う「お説教」というのは、別に意地悪で怒鳴っているわけではなくて、ごく基本的な「人としてのあり方や礼儀」を説いていたんです。普通に常識を持って、静かに大人しく席に座っていてくれれば、私もいくらでも楽しくお喋りできるんですよ。なのに、一部の人は会場に入るやいなや、「俺が! 俺が! 俺が! 俺が一番あなたを応援してるんです!」「ファンの誰よりも俺が一番あんたを愛してるんだ!」という凄まじいスタンスと熱量でグイグイ迫ってくるんです。
でもね、そんなの食事会に来てくれているファンの皆さん全員が心の中で思っていることですし、それぞれが内に秘めている大切な気持ちなんです。それなのに、自分だけが特別目立とうとして「俺が一番だ!」という子供みたいな態度で来られると、周囲のファンにとってもものすごく大迷惑ですし、何よりイベントのスムーズな進行を妨げられる私に対して、一番の迷惑がかかっているわけです。
それこそ小学校の遠足や教室の中だって、1人は必ず勝手な行動をして全体のルールを乱す困った子がいたじゃないですか(笑)。あんな感じで、限られた時間とお金を支払って参加してくれている他のファンの権利を奪うような行動をする人には、「もう二度と私のイベントには来てもらいたくない」と、はっきり思っていました。
――食事会の現場が、さながら「牧村先生の道徳の授業」のようになっていたわけですね。「牧村彩香を、自分の『初恋の人』の幻影を完全に重ね合わせて見ている男性が異常に多かった」という話を聞いたことがあります。
牧村:あぁ……(深くため息をつく)。それも本当に多かったです。ただ、私からすれば「そんなあなたの過去の恋愛も、初恋の人の思い出も、私は1ミリも知りませんし!」という話でしかなくて(笑)。
やっぱり、人間って男女を問わず、自分の都合の良いように物事を解釈してしまう生き物だと思うんです。自分の人生の中でずっと心残りになっている理想の人物や、「自分の理想を裏切らずにすべて受け止めてくれる聖母のような存在」を、常に外の世界に追い求めているんですよね。
食事会に来たある男性ファンの方が、大真面目な顔で私にこう言ったんです。「僕は若い頃、初恋の人にどうしても自分の思いを告げることができなかった。そのことが人生の大きなトゲとして残っていて、このままでは死んでも死にきれないと思って生きてきた。そんな時に、画面の中に牧村彩香が出現した。君は、僕のあの初恋の人に信じられないくらい顔も雰囲気もそっくりなんだ。だから、今度こそ僕は君に告白をして、自分の人生のストーリーを完結させたいんだ」って。
――困ったファンの頭の中では、完璧に美しい一本のドラマの伏線回収ストーリーが出来上がってしまっているわけですね。
牧村:そうなんです。彼らの中で、勝手に強固なストーリーが出来上がっちゃっているんです。そして、そのご自身の身勝手な人生のドラマや重たい感情を、目の前にいる初対面の私に向かって、全力でドスンと押し付けてくるわけですよ。
外から見れば「ただのファンイベント」かもしれない場所で、そんな映画のような重たい告白をされても、私からすれば「そんなの私の知ったこっちゃない!」という話じゃないですか(笑)。私はあなたの初恋の人の身代わりになるためにセクシー女優になったわけではありませんし、あなたの人生のトゲを抜くための道具でもありません。それなのに、そういう歪んだストーリーを持って食事会に乗り込んでくる濃いメンツが、1人や2人ではなく、次から次へと現れるんです。もちろん、中にはきちんと常識を持った品の良いファンの常連さんもたくさんいらっしゃいましたけど、体感としては「参加者の10人中5人」くらいは、そういう強烈な幻影を抱えた人たちで占められていたような感じでした。

牧村:当時は思いもよりませんでしたが、今こうして振り返ってみると、そうだったのかもしれませんね。私としては、自分がそんな高度な意味で「アイドル化されている」なんて客観的に考える余裕は1ミリもありませんでした。単に「ファンの皆さんと直接触れ合える楽しい食事会を開きたい!」と思ってピュアな気持ちで企画しただけなのに、いざ開催してみたら、自分の手に負えないような常識外れの重たいファンばかりが大量に押し寄せてきて、その対応と精神的なプレッシャーの連続に、ただただ心と体が疲れ果ててしまっていた…というのが、当時の私の偽らざるリアルな心境でした。
もちろん、世の中の女性だって男性と同じように、白馬の王子様みたいな「自分の理想の異性」をいつまでも追い求め続ける心理があるのは分かります。でも、男性の心理を見ていて本当に驚くのは、彼らはいくつになって体がおじいちゃんになっても、心の中では「自分の誕生日を特別にお祝いしてほしい」「女性の前ではいつでも自分が世界の1番でありたい」という、甘えん坊な子供のような心理をずーっと持ち続けているんですよね。
――何歳になっても、女性に対して無条件の「母性」を求め続けてしまうのが、男という生き物の悲しいサガなのかもしれません。
牧村:そう、常に母性を求めてくるんです(苦笑)。私の本音としては、「お願いだから、いい加減『乳離れ』して自立してくれ!」っていう感じでしたよ、本当に(笑)。
私の本来の素の性格としては、プライベートの領域までファンの方に過剰に踏み込まれたり、依存されたりするのはあまり好きではないタイプなんです。ですから、画面越しに作品を観て純粋に応遠してくださることに関しては、本当に心から嬉しいですし、感謝しかありません。だけど、ひとたびイベントの現場などで「人と人」としてリアルに対面する以上は、そこには最低限の社会的なマナーや礼儀を持って接していただかないと絶対にダメですよ、ということは声を大にして言いたいです。「あなたは画面の中で牧村彩香のことをよく知っているかもしれないけれど、私は今日のこの瞬間、あなたのことを初めて認識したんですよ。私たちは今、初対面なんです」という厳然たる事実を、ちゃんと頭に入れておいてほしかった。
ネットの世界であれば、どんな偽名を使ってどんな過激な書き込みをしようが自由かもしれません。だけど、そんなネットのノリや、画面の中の妄想の勢いのままリアルに突撃してきて、初対面の私に向かって「君は僕の初恋の人だ! 愛してるんだ!」なんて大声で狂乱されたら、普通の人間関係として考えてもシンプルに恐怖でしかないじゃないですか。「それ、一歩間違えたら普通に警察に通報されちゃう案件だよ?」っていうくらいの危うい勢いで来られることが何度もあったので、今振り返っても、「当時の私、よくあの過酷な環境の中で精神を病まずに耐え抜いたな……」って、我ながら自分の我慢強さに感心してしまうくらいです(笑)。

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<取材・文/髙坂雄貴(超次元電視いと、まほろば)、撮影/宇佐美亮>
―[牧村彩香]―
【髙坂雄貴】
合同会社いと・まほろば代表。ニコニコチャンネルおよびYouTube『超次元電視いと、まほろば』の運営、各種イベント・コンテンツの企画制作を手がける傍ら、サブカルチャー・エンタメ専門ライターとしても精力的に活動。演劇や映像制作などの現場で長年培ってきたキャリアを背景に、エンタメ業界への深い造詣とリスペクトを込めた執筆を展開。ファンとしての熱い視線と、プロの作り手としての冷静な制作視点の双方を織り交ぜた、温度感のあるテキストが多くの支持を集めている。X:@itotakasaka

