◆情に流されぬ倫理が必要だった
――作業を進める中で、技術的・倫理的に難しいと感じた場面はありましたか。当時の法歯学の限界として痛感したことは。橋本:技術的には、バラバラになったご遺体をどう結びつけるかが最大の難題でした。いまなら、すべてのご遺体のDNAを調べれば、同じDNAを持つ断片を一人としてまとめられる。でも当時はDNA検査がなかった。あちらで手が見つかり、こちらで胴体が見つかっても、つなげようがないんです。私は、切り口を見て「これは合う」、この骨は何歳くらいの男性だ、と一つずつ照合していきました。
倫理的に痛感したのは、身元確認はあくまで科学的にやるべきで、情に流されてはいけない、ということです。たとえば、鼻の穴が三つあるご遺体がありました。動かしてみると、一つの穴と二つの穴の断片に分かれる。一方は男性、もう一方は女性でした。
そうなると、つい「新婚旅行のご夫婦だったんですね」「顔を寄せ合って、最後まで抱き合って亡くなったんですね」と、ストーリーを作ってしまう。ご遺族は救われるかもしれない。実際、そう伝えれば「二人で一緒に逝けたんですね」と感謝もされる。でも、それは科学ではないんです。そういう説明はいかがなものか、と思ったことが何度かありました。
◆信仰や文化で異なる弔いの形
――身元確認において、宗教や文化への配慮はどの程度必要だとお考えですか。橋本:先ほど「情に流されてはいけない」と言いましたが、それは鑑定の話です。誰であるかを見極める作業は、あくまで科学をもとにしなければならない。けれど、確認したご遺体をどうお返しするか、ご遺族とどう向き合うかは、まったく別の軸なんです。ここを混同してはいけないと思っています。
だから私は、作業の後半に一つ提案をしました。残されたご遺体を、すべて一度ドライアイスから出して調べ直そうと。8日間かけて、凍って固まったご遺体を一体ずつ戻し、手で触れながら、右手の棺、左手の棺、右足の棺と、部位ごとに新しい棺へ移し替えたんです。
なぜそこまでするのかというと、日本人家族は、亡くなられた方の手も足も最後の一本まで探してあげようとします。死後の世界でご飯が食べられない、顔が洗えない、と考えるからです。だから「右足が見つからないご遺族は、右足の棺を見てください」とお話しました。
ところが、ある女性の足を特定して、家族に連絡したものの、現場に来られないとのことでした。電話でお話ししたところ、「見つけていただいてありがとうございました。娘は他のわからない方々と一緒に焼いてください。娘は神に召されて、いま幸せです」と言われました。クリスチャンだったんですね。国や信仰が違えば、弔いのかたちも、ご遺族が本当に望むことも大きく変わる。だから災害の身元確認では、宗教や文化への配慮が絶対に欠かせないんです。

