◆工場の工員と思ったら、すごい職人の家だった

しかし、すでに運気は変わっていたのかと思う。
シンさんの仕事を手伝っている最中、移住したその年に知りあいの紹介で、のちに妻となるベンさんと出会った。
そして、2年ほどでパンデミックとなり、東南アジア各国は物流以外はほぼ完全な鎖国状態に入る。パンデミック以前は中国の富裕層がバンコク不動産を買い漁っていたけれど、そもそも外国人が来ない状態になり、シンさんの仕事も休業状態になってしまった。シンさんはその後タイの文化や歴史を紹介する中国語圏で有名なYouTuberとなった。諏訪部さんはベンさんの実家の仕事を手伝うようになる。
「もちろん妻が靴の仕事をしていることは聞いてました。てっきり工業団地などの大きな製靴工場のライン工のようなものだと思ったんですよ」
タイ語で職業を説明する際、製造している製品を作っているとだけいうことがよくある。たとえば冷蔵庫製造の経営者も工員も「冷蔵庫を造っています」というので、見た目でどっち側の人かを判断しがちだ。さらにベンさんが「父も母も妹も靴を作っている」といっていたので、諏訪部さんは「大変な家族だな」くらいにしか思っていなかった。
しかし、ワニ革だ、牛革だ、ブーツだ、軍靴だという単語がよく出てくる。警察やタイ軍への納入もあるというので、諏訪部さんはますます混乱した。そうして2019年、諏訪部さんはベンさんの実家に足を運ぶ。バンコク郊外の、タイ湾に近いエリアである。
「初めて来たときにびっくりしましたよ。家族経営で、義父はもちろん、妻も義妹もゼロから革靴を作る職人でしたから」
◆義父は国王、タイ軍、タイ警察、県に認められた職人

「これを見てください。国王からの感謝状です」
工房内の壁には軍や警察幹部との写真が飾ってある中、一番高いところには現国王陛下のお礼の手紙が飾られている。現国王ラマ10世王の皇太子時代、義父が革靴を献上し、それに対する手紙である。王国において国王が認めた靴職人のひとりが義父というわけだ。

とにかく、mexicaにはすごい職人さんが揃い、タイではたくさんのファンもいて、元警察官や軍人はもちろん、映画の衣装用、芸能人の私服にとたくさんの実績がある。
タイには『OTOP』(オートップ)という地域振興の制度がある。ワン・タンボン・ワン・プロダクトの略で、日本語でいう「一村一品運動」だ。県、郡などのほか、個人、法人など任意の単位で特産品・名産品を造り販売し、それを国が後押ししてくれる。イベント開催やアンテナショップの設置などをする地方自治体もあり、優秀製品や製造者には毎年賞が与えられる。mexicaもまた5つ星を得ているサムットプラカン県(バンコクの南側に隣接する県)を代表するショップになっている。

「2019年くらいからネット経由で日本語で注文を受けて、タイ国内の配達はもちろん、日本にも発送しています」
とにかくすべてが手作りだ。さすがに靴底のソールは他社製品になるが、それ以外はすべてこの工房で、義父、ベンさん、義妹が手分けし、義母が仕上げの部分を分担する。基本的に休みはない。それでも1日3足完成すればいい。革靴職人には繁忙期もあって、mexicaでは10月から翌1月は特に注文が殺到する。それ以外であれば、受注から2か月くらいでできあがる。
「タイと日本では靴のサイズが微妙に異なります。日本はセンチ単位ですが、タイはニウという単位(インチとほぼ同義だが、タイ独特のサイズ)ですし、最初はそのあたりの調整が難しかったです」
メーカーでのモノ作り経験はあるとはいえ、靴のネット販売は諏訪部さんも試行錯誤。当初はサイズが合わずに日本から返品される問題も起こった。タイ人の足もわりと幅広の人が多く、タイの製靴は日本人とも合うのは間違いないと諏訪部さんは確信している。バンコクの顧客の返品ならまだ挽回のチャンスはあるが、日本に住んでいる人からの返品は赤字でしかない。

