鏡像の「矛盾」は、単純なミスでは片づけられない
エドゥアール・マネ《フォリー・ベルジェールのバー》1882年、コートールド・ギャラリー, Public domain, via Wikimedia Commons.
この作品について長く語られてきたのが、鏡像のずれです。真正面に立つように見える女性が、鏡の中では右へ移動しているように見える。ボトルの位置関係にも、すぐには説明しにくい点があります。
Courtauldの作品解説は、マネが通常の遠近法を外し、反射像を右へずらしたと説明しています。一方でGettyは、この絵がひとつの確定した視点を与えず、観客の位置そのものを不安定にする「視覚的なパズル」だと述べています。つまり、ここで重要なのは「正しいか、間違っているか」を即断することではなく、マネがこの違和感を絵の核心に据えている点です。
「正しく読める」説もあるが、曖昧さは消えない
近年では、この鏡像を単なる誤りとみなさず、鑑賞者の位置を少しずらして考えることで説明できる、という再構成もよく知られています。ティエリー・ド・デューヴは、マルコム・パークによる再構成を参照しながら、この絵の空間が一定程度は物理的に成り立つことを論じています。
Manet's Bar at the Folies-Bergère: One Scholar'sより
つまり、「マネは鏡を描き間違えた」と断定するのは正確ではありません。けれど同時に、すべてがすっきり解決するわけでもない。むしろこの絵は、成立しうる空間と、なお残る違和感の両方を抱え込むことで、見る者に落ち着かなさを残しているように見えます。
