●自分だけで情報を整理することの限界
店のインスタグラムには励ましも寄せられたが、中傷コメントの方が大きく脳裏に残っている。「頑張ってください」というコメントがたくさんあった中、数の少ない「母親が怪しい」というコメントのほうに、10倍の「いいね」をつけられた。
家族からも「SNSを閉じるべきだ」という声も出た。それでも、娘につながる手がかりをわずかでもつなぎとめるため、SNSをやめる選択はできなかった。
チラシを配り、現地で捜索を続けながら、コメントを確認する日々。並行して、誹謗中傷に法的措置をとるため、投稿のスクリーンショットを撮り続けた。スマートフォンのカメラロールは、中傷で埋め尽くされていった。
「家族だけで誹謗中傷と向き合い続けるのは限界がありました。SNSやホームページに集まる情報の整理、誹謗中傷の証拠を残すといった作業は負担が大きすぎて、心が疲弊しました。途中から友人や知人、ボランティアに頼るようになり、負担が大きく軽減しました」(とも子さん)
●「中傷」以上に苦しめられた「正論」

警察による大規模な捜索は16日間で終了した。
とも子さんはその後、顔と名前を出して積極的に取材に応じるようになる。この点も家族の中で意見は割れたが、現場に一緒にいた親としての自責の念を強く感じていたからだ。
そして、犯人扱いや誹謗中傷以上に心をえぐったのが、「正論」だった。
「一番つらかったのは正論でした。子どもを3人育て上げたという女性が『私だったら十数秒でも子どもから目を離さない』とフェイスブックを通じて実名でDMを送ってきました。私に責任があることは私自身が一番よくわかっています。誰よりも後悔しています。子どもが行方不明になった家族は、こうした言葉にも苦しむことになると思います」(とも子さん)

