ただ「やめなさい」と毅然とした態度を取る
ただし、実質的な迷惑を及ぼす行動であれば、それは止めなければなりません。叱ってはいけないというと放任を勧めていると思う人がいますが、そうではありません。実質的な迷惑を及ぼす行動は放任するわけにはいきません。
もしも自分がしていることが他者に実質的な迷惑を及ぼしていることを知らないのであれば、丁寧に言葉でそういうことはしてはいけないと教えればやめるでしょう。
しかし、幼い子どもでなければ自分のしていることが叱られる行動であることを知らないはずはありません。自分の行動がどういうものかを知っている場合でも、叱る必要はありません。毅然とした態度でそれはしてはいけないことだと教えればいいだけです。その際、感情的になる必要はなく、ただ言葉でそれはしてはいけないと伝えればいいのです。
ところが、毅然とした態度を取ることは簡単ではありません。ただ「やめなさい」といえばいいのに、感情的になってしまい、威圧的になってしまうからです。毅然とした態度と威圧的な態度の違いは、周りにいる人が怖いと感じるかそうでないかでわかります。威圧的な人の言動はただそれが向けられる人だけでなく、周りにいる人にも向けられているように感じられ、当事者でないのに怖く感じます。
叱ることは、国家間の関係では戦争に相当します。戦争が外交に頼らないで問題を解決しようとすることであるように、叱ることは話し合いをしないで問題を解決しようとすることです。アドラーが教育が世界を変えると考えたのは、家庭や学校などで感情や力ではなく言葉を使うことで問題を解決することが当然と見なされるようになれば、戦争は必要ではなくなるからです。
責任を取ることを教える
次に、責任を取ることを教えることです。先に引いたアドラーの言葉の中にある「特別の配慮」をするというのは、失敗したのにその責任を取ることを免除することです。責任を取らなくてもいいことを学んだ子どもは大人になっても謝罪せず、それどころか、部下に責任を転嫁しようとするようになるかもしれません。失敗の責任の取り方は先に見ましたが、それができれば叱る必要はありません。

