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【名画の舞台を巡る】“100年前の東京”は今どうなった?川瀬巴水の夜景を探そう

①江東区・深川周辺「東京十二題 深川上の橋」(1920)

佐賀(江東区), Public domain.

最初に訪れたいのが江東区佐賀2丁目周辺。かつてこの場所には、仙台堀川の河口に架かる上之橋(上の橋)がありました。

巴水が1920年に制作した『東京十二題 深川上の橋』は、その上之橋から見た風景を描いた作品です。夕空の黄色と川の青が美しく、静かな時間の流れが表現されています。帆を張った船が行き交う水辺の景色からは、巴水が江戸の面影を残す深川の風情に魅力を感じていたこともうかがえます。

『東京十二題 深川上の橋』, Public domain.

上之橋は江戸時代から地域の交通を支えた橋で、中之橋、下之橋とともに佐賀町を区切る重要な存在でした。しかし震災復興事業によって1930年に架け替えられた後、1984年には清澄排水機場の建設に伴い撤去されています。

現在、巴水が描いた橋そのものを見ることはできませんが、隅田川と運河が交わる風景は今もこの地域の特徴です。

②港区・増上寺周辺「東京二十景 芝増上寺」(1925)

増上寺, Public domain.

続いて訪れたいのが、東京タワーの近くにある港区芝公園周辺です。観光スポットとしても人気の増上寺ですが、大正の頃には巴水も作品の題材にしていました。

『東京二十景 芝増上寺』は震災からの復興が進み、東京が近代都市へと姿を変えつつあった時代に制作されました。絵には雪が降る日の増上寺が描かれており、枝に積もった雪や吹雪、傘を傾けて歩く人物の姿から冬の冷たい風まで伝わってくるようです。

『東京二十景 芝増上寺』, Public domain.

巴水が描いたのは、江戸時代から徳川家の菩提寺として栄えた増上寺・三解脱門の前。当時も現在も、このシンボルは変わりません。作品の中心に描かれた三解脱門は今も変わらず立っています。

三解脱門は江戸時代初期に建てられたもので、戦災や災害を乗り越えながら受け継がれてきました。重厚な朱色の柱は、巴水が見た風景とも重なる部分が多くあります。

もちろん周囲の景色は大きく変わりました。巴水の時代には存在しなかった東京タワーがすぐ近くにそびえ立ち、周辺には高層ビルも並びます。それでも三解脱門の前に立つと、100年前の人々も見上げたであろう景色を想像できるでしょう。

配信元: イロハニアート

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