⑤千代田区・皇居平川門周辺「東京二十景 平河門」(1930)
平川門, Public domain.
次に訪れたいのが、皇居東側に位置する平川門(平河門)周辺です。オフィス街の印象が強い千代田区ですが、江戸城の歴史を今に伝える風景も残されています。
巴水の『東京二十景 平河門』は夕暮れ時の平川門を描いた作品です。堀の上をカモメが飛び、沈みゆく夕日の光が水面に映り込む様子が印象的に表現されています。青く染まり始めた空と川の静けさが重なり、落ち着いた空気が漂っています。
『東京二十景 平河門』, Public domain.
平川門は、江戸城三の丸の正門として築かれた門です。仙台藩主・伊達政宗をはじめとする東北の大名たちによって整備されたと伝えられ、江戸城の重要な出入口のひとつでした。巴水が描いた時点で、すでに長い歴史を刻んでいます。
現在も平川門とその周辺の堀は残されており、作品に描かれた風景との共通点を見つけられます。現在の平川門の周囲には高層ビルが立ち並び、交通量も増えました。しかし堀や石垣、門の佇まいは今も変わらず、皇居周辺ならではの落ち着いた雰囲気を感じられます。
また現存する橋は改修を経て、木材や石材、鉄骨が用いられていますが、堀を渡って門へ向かう景観そのものは大きく変わっていません。
⑥新宿区・戸山公園周辺「東京十二題 冬の月(戸山の原)」(1931)
都立戸山公園, Public domain.
現在の戸山公園周辺は新宿駅から近い場所にありながら、豊かな緑が残る憩いのスポットです。園内には新宿区で一番高い山として知られる「箱根山」があり、季節ごとに異なる自然を楽しめます。
戸山公園一帯は、かつて「戸山ヶ原」と呼ばれていました。巴水の『東京十二題 冬の月(戸山の原)』は戸山ヶ原に広がっていた雑木林を題材にした作品です。絵には枯れた木々が並び、空には青白い満月。月明かりに照らされた地面と黒い木々の対比が美しく、冬の夜の冷たさまで伝わってきます。
『東京十二題 冬の月(戸山の原)』, Public domain.
現在の戸山公園は整備された都市公園となり、周辺には住宅や大学、高層ビルも立ち並んでいます。その一方で、公園内を歩くと大きな木々や起伏のある地形が残されており、巴水が描いた戸山ヶ原の面影を想像できます。
夕方から夜にかけて訪れると、都心にいることを忘れるような静かな空気を感じられるかもしれません。
⑦中央区・日本橋周辺「東海道風景選集 日本橋(夜明)」(1940)
日本橋, Public domain.
最後に訪れたいのは、日本橋です。現在の日本橋周辺は百貨店やオフィスビルが集まる東京有数のビジネス街として、国内外から多くの人が訪れています。
巴水が1940年に制作した『東海道風景選集 日本橋(夜明)』には、夜明け前のやわらかな光に包まれた日本橋の姿が描かれています。三越側から京橋方面を望む構図で、行き交う人も数人。一日の始まりを静かに告げるような風景です。
『東海道風景選集 日本橋(夜明)』, Public domain.
日本橋は江戸時代から五街道の始まりの地点として栄え、日本の交通や商業の中心地として発展してきました。巴水が描いた頃も東京を代表する場所でしたが、作品からは都会の喧騒よりも、朝の澄んだ空気や穏やかな時間が伝わってきます。
現在も橋そのものは残されており、巴水が見た日本橋と同じ場所に立つことができます。しかし1963年には橋の真上に首都高速道路が建設されました。日本橋の上に広がっていた大きな空はほとんど見えなくなりましたが、橋そのものや装飾は当時のものが残されています。
【まとめ】東京の夜を歩けば、巴水の風景に出会えるかも
高層ビルが立ち並び、昼夜を問わず人でにぎわう現代の東京。しかし街を歩いてみると、川瀬巴水が描いた100年前の風景の面影は、意外な場所に残されています。変わってしまった場所もあれば、時を超えて受け継がれてきた景色もあります。その違いを見つけることも、街歩きの楽しみのひとつです。
次に東京の夜を歩くときはぜひ、巴水が見つめた風景を探してみてください。
