人間ドックや健康診断で広く行われている「前立腺がん検診(PSA検査)」。採血だけで手軽に受けられるメリットがある一方で、専門家の間では、無症状の人へ画一的に行うことを「原則推奨しない」としているのをご存知でしょうか? 日本でも、厚生労働省は市町村が行う前立腺がん検診を推奨していません。実は、がんを早期発見できるはずの検診には、見過ごせない「リスク」と「思わぬデメリット」が隠されていました。今回は舛森(ますもり)先生に、前立腺がん検診のメリット・デメリットやリスク、そして「それでも検診を受けたほうがよい人の特徴」についてお話を伺いました。

監修医師:
舛森 悠(YouTube医療大学)
2019年旭川医科大学卒業後、札幌にて初期研修をおこない、函館稜北病院総合診療科へ。北海道内の3次救急を担う救命救急センターなどを経て、現在は千葉大学大学院 医学薬学府 先進予防医学共同専攻 博士課程にて研究に従事。並行して北海道での地域医療に貢献し、登録者86万人を誇る「YouTube医療大学」を運営。一般社団法人とまりぎケア代表理事、総合診療専門医、新家庭医療専門医、認知症予防専門医、医師会認定産業医。
≫【なぜ報道しない?】射精 週⚫︎回以上は危険⁈前立腺がん激増のワケを暴露します。【医師解説】前立腺がんは「男性が最もかかりやすいがん」――生涯2人に1人が発症
編集部
そもそも前立腺とはどのような臓器なのでしょうか?
舛森先生
前立腺は男性のみが持つ臓器で、膀胱のすぐ下側にあり、尿道にくっつくように存在しています。
役割としては大きく2つあります。1つ目は、射精時の精子を保護する「前立腺液」の分泌です。2つ目は、射精時に精子が膀胱側へ逆流(逆行)してしまうのを防ぐために、尿道をキュッと締めたり広げたりする「調節(ストッパー)」です。
編集部
尿の通り道と、生殖機能の両方に深く関わっているのですね。前立腺がんにかかる人は多いのでしょうか?
舛森先生
非常に多いといえます。男性の場合、50歳頃から右肩上がりに罹患率(病気にかかる割合)が増え始め、80代では「2人に1人が前立腺がんになる」といわれているほどです。
がんごとの罹患率で言うと、前立腺がんは男性のなかで最も多いと報告されています。いかに身近な病気かがわかると思います。
なぜ原則非推奨? 検診に潜む「過剰診断」のリスクと精神的負担
編集部
それほど多いがんであれば、なおさら早く検診で見つけたほうがよい気がするのですが、なぜアメリカや日本の厚生労働省は検診を推奨していないのでしょうか?
舛森先生
そこが今回のポイントです。血液検査でPSA(前立腺特異抗原)を検出するという手軽な方法で、がんの早期発見につなげられる点はもちろんメリットです。
しかし、前立腺がんには「非常に進行が遅く、予後がよい」という特徴があります。国立がん研究センターの集計によると、多くの前立腺がんはステージ3までであれば「5年生存率ほぼ100%」です。ステージ4(骨や肺に遠隔転移した状態)になって初めて、5年生存率が60%へと急低下し始めます。
つまり、進行の早い「例外」を除けば、大半のケースではすぐには命に関わりません。
編集部
生存率ほぼ100%がなぜ、検診のデメリットに繋がるのですか?
舛森先生
イメージしやすいように、私の外来へ相談に来た70代の男性の例をお話ししましょう。彼は深く考えず周囲に勧められるまま検診を受けたところ、ごく早期の前立腺がんが発見されました。しかし、主治医はがんの大きさや進行度に鑑みて「とりあえず今は治療しないで、経過観察しましょう」と告げたそうです。
その患者さんは、不安に押しつぶされそうになっていました。「先生、がんが見つかったのに本当にこのまま何もしなくてよいのでしょうか? 全身に転移していく可能性はないのでしょうか?」と。
編集部
「あなたはがんです」と宣告されたのに、治療してもらえないのは生殺しのような気分になりそうです。
舛森先生
不安になりますよね。このような状況を専門用語で「過剰診断」と言います。
早期に診断できても、その時点では治療して死亡率が下がるというデータがないため、経過観察にせざるを得ません。しかし、診断された患者さんの精神的な負担は計り知れません。
知っておきたい研究データ:がん宣告と精神的影響
米・ハーバード大学の研究では、前立腺がんの宣告を受けた人と受けていない人を比べたところ、「宣告を受けた人のほうが、自殺と心筋梗塞の数が2倍多かった」という結果が示されています。
がんを宣告されて生きていくことのショックがいかに大きいかがわかります。自分の体の中にがんがあると知って生活するのと、知らずに生活するのでは、幸福度に大きな差が出てしまうのです。

