過剰診断以外のデメリット――精密検査「針生検」の身体的リスク
編集部
過剰診断で精神的な負担が大きくなることはよくわかりました。ほかにも検診のデメリットはあるのでしょうか?
舛森先生
身体的・経済的な負担も大きなデメリットです。検診でPSA値が高いと出た場合、本当にがんかどうかを見分けるために「針生検(はりせいけん)」という精密検査を行います。
針生検は、お尻(肛門)からエコーを入れて前立腺の位置を確認しつつ、肛門と陰嚢(いんのう)の隙間の皮膚から針を刺して前立腺組織を採取し、顕微鏡でがん細胞がないかを見る検査です。多くの場合、1泊2日などの入院検査が組まれます。
編集部
手順を聞く限り、痛そうですし、怖い検査のように感じます。
舛森先生
実際には痛みも少なく15分程度で終わる検査ですが、受ける側としては怖いですよね。
針生検でさらに注意すべきなのが合併症です。針を刺したところから細菌が入って感染し熱が出てしまったり、尿道が傷ついて血尿が出たり、尿が出づらくなってしまうリスクもあります。
つまり、無症状の人がむやみにPSA検査を受けることは、「治療しなくてもよい前立腺がんを過剰診断されて精神的苦痛を味わうリスク」や「針生検による合併症のリスク」を背負うことになるのです。
乳がんや子宮頸がん、大腸がんの検診は国が資金補助したうえで推奨しているのに対し、前立腺がんが「メリットがあるかまだよくわからないため、希望する人は任意の健診で受けてください」という扱いになっているのには、こうした深い理由があるのです。
知っておきたい最新情報:MRI標的生検という新たな選択肢
ただし、近年は「過剰診断や針生検の負担を減らす方向」にシフトしています。具体的には、PSAが高かった人にいきなり針生検をするのではなく、まず「マルチパラメトリックMRI(mpMRI)」を撮影し、本当に怪しい部分だけを狙って針を刺す「MRI標的生検」が主流になりつつあります。
世界的な医学論文誌「New England Journal of Medicine」に掲載されたPRECISION試験などでは、MRI標的生検により、臨床的に治療不要ながんの検出が約半分に減り、治療が必要な悪性度の高いがんの発見率はむしろ上がることが示されました(Kasivisvanathan V et al. NEJM, 2018; recent reviews 2024-2025)。
検診で要精密検査と判定された際には、「MRIから生検を始められる施設か」を主治医や紹介先に確認するのも一つの選択肢です。
「検診を受けるべき人」とは? 見逃してはいけない3つの初期症状
編集部
デメリットを考慮しても、前立腺がん検診を受けたほうがよいのはどんな人でしょうか?
舛森先生
私が強く検診を受けることをお勧めしたいのは、「症状が出てきた人」です。前立腺がんが進行してくると、大きく分けて以下の3つの症状が出現します。
排尿障害
舛森先生
尿が出づらい感じがする、少しずつしか出ない、尿の勢いが低下しているといった症状です。前立腺にできたがんが尿道をどんどん狭めて圧迫し、尿が通りづらくなるために起こります。
頻尿
舛森先生
「最近トイレが近くなってきた」という症状です。膀胱付近の部分にがんができた場合、前立腺がんが膀胱を圧迫して刺激します。するとヒトの脳は「膀胱がパンパンになっている? 尿を出したいのか」と勘違いしてしまい、頻尿になるのです。
ただし、前立腺の下側にがんができた場合は膀胱を圧迫しないため、頻尿の症状が出ないこともあります。
残尿感・尿漏れ
舛森先生
尿が出切った感じがしない、尿を出したいと思っていないのに漏れ出てしまう症状です。先ほど、前立腺には尿道を収縮させたり広げたりする調節機能があるとお話ししました。
がんができてその力が衰えると、尿を出そうとしても前立腺が縮まって最後まで出せなかったり、逆に尿を出そうと思っていないのに尿道が広がって漏れ出るようになります。
編集部
前立腺の働きががんによって邪魔されることで症状が出るのですね。
舛森先生
そのとおりです。ただし一つ注意点があります。先述の3つの症状は、前立腺がんだけではなく前立腺肥大症(前立腺が大きくなる良性の病気)でも出現します。むしろ、がんよりも肥大症になる確率のほうが高いため、肥大症によって生じている可能性のほうが高いとすら言えます。
とはいえ、万が一前立腺がんであったら大変ですので、排尿に関する症状がある人はやはり一度前立腺がん検診を受けることを推奨します。
編集部
ちなみに無症状で検診を受けた場合、PSAの数値はどう見ればよいのでしょうか?
舛森先生
基本的に、PSAの値が「4ng/mL以下」であれば正常値とみなされ、多くの場合、前立腺がんはないと思っても大丈夫です(例外はあります)。「10ng/mL以上」だった場合は、泌尿器科で追加の精密検査を行うことになります。
医師が肛門から直接指を入れて前立腺の硬さや大きさを触診(しょくしん)し、お腹のエコー検査、MRI検査、そして先ほどお話しした針生検などを行います。
「4〜10ng/mL」の間の方は、少し期間を空けてPSAを再測定し、上昇傾向がないかを確認、あるいはより感度の高い「遊離PSA」を測定して、年齢やリスクを考慮しながらフォローしていきます。
編集部
PSA検査を受ける上で気をつけることはありますか?
舛森先生
一つ、知っておいてほしい盲点があります。それは、薄毛治療(AGA)の薬や、前立腺肥大症の薬を飲んでいる人です。これらの治療薬は男性ホルモンに作用するため、PSAの値が間違って低く出てしまうことがあるのです。
本当はがんがあってPSAが高値であるにもかかわらず、薬の影響で低く見えてしまうのは非常に危険です。こういった薬を飲んでいる人は、あらかじめ主治医に薬を止めてから検査を受けるか、検査自体を受けるべきか否か相談する必要があります。

