「落ち着いた?」遺族を傷つけた、悪気のない言葉
剣太さんを失ってから、奈美さんは「正気に戻るのに3年以上かかった」と振り返る。台所で鍋をかき混ぜていて、ふと「もしかしたら空港に行けば剣太がいるかもしれない」と思ってしまう。「早く迎えに行かないと」と、お玉を握ったまま車に乗ろうとしたこともあった。
深い悲しみのなかにいる人に、周囲は何と声をかけていいかわからない。だからこそ、悪気のない一言が遺族を深く傷つけることがある。
買い物に出れば、みんなが下から顔を覗き込むように「大丈夫? 落ち着いた?」と声をかけてくる。
「落ち着くわけないじゃん。私は一生、落ち着かんと思いながら、『まだそんなには落ち着いてないけどね』って言って、その場を離れる」
末娘の迎えに小学校へ行ったとき、亡くなって3か月ほどの頃には思わず言い返してしまったこともある。「お兄ちゃんの荷物は全部片付けたん?」と聞いてきた相手に、「じゃあ、あんたの子どもが死んだとき、そんなにすぐ荷物を片付けきると思う?」と聞き返した。
だが、こうしたやりとりは稀である。ほとんどの場合、怒りも悲しみも呑み込んできたからだ。「感情を出したら敵を作る。裁判で協力してもらえなくなる。だからグッとこらえるしかなかった」。その努力を、何年も続けてきた。
友人の“たった一言”が心を軽くしてくれた
剣太さんが参加するはずだった成人式。その前日、剣太さんの同級生たちが、自宅まで剣太さんの写真を迎えに来てくれた。奈美さんには、会場へ行く勇気がなかった。代わりに、同級生たちが、剣太さんの写真を成人式へと連れて行ってくれた。後日、できあがった集合写真には、晴れ着の同級生たちの真ん中に、剣太さんの写真がおさまっていた。だが、そんな奈美さんに、親しくしていたはずの知人が、こう声をかけてきた。
「剣太はいっつもいいよね。真ん中に、写真を持って写ってもらって。うちの子も、写真で参加すればよかった」
その知人の子は、仕事が忙しくて成人式に帰れなかったという。
「隅っこでもいい。そこに“写れる”っていう幸せがわかってない上に、それを私に言うんか、って」
そんな日々のなかで、たった一言だけ、奈美さんの心を軽くした言葉があった。
剣太さんが亡くなって、1年ほど経った頃のこと。奈美さんが幼稚園から一緒だった同級生が、地元の金融機関で支店長をしていた。
金融機関の窓口の側に立つ奈美さんを見かけると、彼女は職場を離れ、そばまで来てくれた。そして、奈美さんの肩を優しくポンポンと叩いて、こう声をかけた。
「奈美、どうしてる?」
そのまま、彼女は奈美さんをカウンターの内側へ招き入れ、ソファーに座らせた。
「これ、食べよ」
そう言って、お茶とドーナツを、そっと出してくれた。
「大丈夫?」でも「落ち着いた?」でもない。「元気?」でもない。
「『どうしてる?』っていう言葉が、これほど自分に負担のない言葉なんやって気がついた」
椅子に座らせてくれて、お茶とお菓子を出してくれた。「ありがとう」と顔を上げると、彼女の目は涙でいっぱいだった。
たった一言でも、選び方ひとつで人を救うことも、傷つけることもある。深い悲しみのなかにいる人にどんな言葉をかけるべきか、私はこの取材を通して考えさせられた。

