
イギリスのプリマス大学(UoP)で行われた研究によって、マジックマッシュルームと呼ばれる幻覚性キノコが作るシロシビンという成分が、人の意識を変えるだけでなく、虫にとっては毒として働く可能性がみえてきました。
研究ではマジックマッシュルーム由来の成分を含むエサをハエの幼虫に与えたところ、、成長して成虫になる前に死亡したり、成虫になっても体も小さく、動きも鈍くなることが確かめられたのです。
人間から見ると「心の薬」や「ドラッグ」として語られてきたシロシビンが、キノコから見ると虫たちから身を守る化学兵器だった可能性があります。
著者たちは、自然界でのシロシビンの役割をを実験で探った初めての研究だと述べています。
研究内容の詳細は2025年12月19日に『bioRxiv』にて発表されました。
目次
- マジックマッシュルームは誰のための「薬」なのか
- 「人にはドラッグ、虫には毒」マジックマッシュルームの二つの顔
- 人のトリップは、キノコと虫の戦いの“副産物”かもしれない
マジックマッシュルームは誰のための「薬」なのか

古い儀式での利用や、最近のうつ病・PTSDの治験、いわゆる“トリップ体験”など、どうしても「人がどう感じるか」に注目しがちです。
しかし、森の地面にじっと立っているキノコ本人にとって、人間が不思議な体験をするかどうかは、どうでもよいことです。
キノコにとって切実なのは、「自分を食べに来る虫やナメクジから、どう身を守るか」というサバイバルの問題です。
実際、キノコはふだんから、幼虫やカタツムリにしばしば激しくかじられています。
植物がトゲや辛味、毒を進化させてきたように、キノコもさまざまな「化学兵器」を身につけていることが知られています。
その中でもシロシビンは特に奇妙です。
セロトニン(気分や食欲を調整する神経伝達物質)に似た形をしていて、脳のスイッチにぴったりはまり、意識や感情を大きく揺らします。
しかもこのシロシビンは、Psilocybe だけでなく、いくつものキノコのグループで独立に何度も進化してきたことが分かっています。
さらに、シロシビンを作るための遺伝子のセット(遺伝子クラスター)は、違うキノコ同士で「コピーの貸し借り」をしたような形跡さえあります。
実際に、シロシビンづくりの遺伝子の束が、丸ごと別のキノコの仲間に“引っ越し”したように見えるケースもいくつも報告されています。
このように種を超えて使いまわされている分子は「有用」だと考えられるサインでもあります。
ただ「自然界で何をしているのか」は、これまでほとんど調べられていませんでした。
シロシビンは「昆虫を遠ざける防御の薬なのではないか」「逆に虫の行動を操作して胞子をばらまかせているのではないか」など、さまざまな仮説が出ていましたが、どれもほとんど検証されていなかったのです。
そこで今回、研究チームは「シロシビンが本当に虫よけや行動操作につながりうるのか」を、ハエと野外のキノコを使って数字で確かめることにしました。
「人にはドラッグ、虫には毒」マジックマッシュルームの二つの顔

マジックマッシュルームは虫にとって本当に「毒のスープ」なのでしょうか。
答えを得るために研究者たちがまず行ったのは、Psilocybe cubensis の成分を含む粉末や抽出液を用意し、ショウジョウバエの幼虫にぶつけてみる、というシンプルな実験です。
キノコの子実体(傘と軸の部分)を乾燥させて粉にし、その粉を普通のエサに混ぜたものをハエの幼虫に食べさせました。
濃度を変えたPsilocybe入りエサと、ボタンマッシュルーム入りエサ、完全な対照エサを用意し、どのくらいサナギになれるか、どのくらい成虫まで生き残れるか、成虫の体の大きさや羽の左右差がどう変わるかを追いかけました。
結果はかなり衝撃的でした。
高い濃度のPsilocybe入りエサで育った幼虫は成虫まで生き残る割合が普通のエサと比べて通常の約4分の1(約75%減)にまで低下し、成虫になれたものも体が小さく翼も縮んでいました。
生き残った成虫も、胸の大きさや羽の面積が1〜2割ほど小さくなり、左右の羽の形が微妙にズレる「ゆがみ」が増えていました。
(※左右差は発育ストレスのサインとして知られているので、幼虫期にかなり無理をさせられていたことがうかがえます。)
次に、研究者たちは「動き方」もチェックしました。
抽出液と砂糖で作った、いわば「甘いマジックマッシュルーム・スープ」に幼虫を1時間浸し、その後の3分間の動きを上からビデオで撮影したのです。
その結果、Psilocybe の抽出液に浸かった幼虫は、動いた距離も、動いていた時間も短くなり、進行方向を変えるときの角度が大きくバラバラになっていました。
つまり、まっすぐスイスイ進むのではなく、フラフラと方向を変えながら、短い距離だけ動くようになっていたのです。
動画にすると、対照の幼虫は画面の中に長い線をスーッと引くのに対し、抽出液に浸かった幼虫は短いギザギザの線をいくつも描いているような動きになります。
コラム:マジックマッシュルームの成分
マジックマッシュルームから作られる抽出液は、シロシビンを含む複数の成分が含まれています。過去に行われた研究では、同じ系統の抽出液が、いくつかの病原菌の増え方をゆっくりにする働きも報告されています。つまりキノコから見れば、この抽出液は「虫よけスプレー」であると同時に、「バイ菌よけ」や「カビ対策のコーティング剤」としても役に立っているかもしれないのです。さらに論文では、シロシビンから変化した分子が、傷ついたキノコの中で固まり、まるで補強材のように働く「ポリマー仮説」なども挙げられていて、一つの成分が状況に応じて役割を切り替える可能性が示されています。キノコがかじられた場所だけ青くなって固まり、虫にとってまずい成分や硬いバリアに変わる“トラップカード”のようなイメージです。虫を遠ざける、虫の行動を少しハックする、バイ菌の勢いを抑える、傷ついた部分を守る――こうして眺めてみると、マジックマッシュルームの抽出液はそうした役割を担っている可能性があり、キノコが長い進化の時間の中で組み上げてきた「多機能な化学の道具箱」そのものであり、人間から見ればほんの一部しか使いこなせていないマルチツールなのかもしれません。
さらに興味深いのは、シロシビンが主に標的にするはずのセロトニンを受け取るスイッチの一種(5-HT2A)をあまり持たない変異ハエでも、影響がむしろ強く出たことです。
これは、「シロシビンは5-HT2Aだけではなく、他のスイッチや体の仕組みにも同時に干渉しているかもしれない」と示唆します。
最後に、研究者たちは虫の「ご近所づきあい」も調べました。
イギリス・ダートムーアの草地や家畜のふんの上で、幻覚性キノコ Psilocybe semilanceata を含む7種類のキノコを集め、それぞれにどんな節足動物(ハエ、ハチ、ダニなど)が住みついているかをDNAを手掛かりに調べました。
その結果、Psilocybe semilanceata には、他の多くの草地キノコとは違うタイプの虫コミュニティがついていて、一部の非幻覚性キノコと同様に全体の多様性も低いことが分かりました。
つまり、「このキノコには住める虫」「あまり近づかない虫」という、見えない入場制限のようなものがかかっている気配があるのです。
実際に、見つかった虫グループのおよそ6割は「このキノコにだけ住んでいます」という専属客だったという結果も出ています。
これらの結果をまとめると、シロシビンを含むPsilocybe由来の成分は、ショウジョウバエのような昆虫に対して生存・成長・行動のどれにも不利に働いていると言えそうです。

