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『CASSETTE BOY/カセットボーイ』レビュー:存在と認知をめぐる旅が奥深いパズル・アクション

『CASSETTE BOY/カセットボーイ』レビュー:存在と認知をめぐる旅が奥深いパズル・アクション

インディーゲームには、ゲームというより文学作品のような、奥深い味わいを与えてくれる作品が多い。『CASSETTE BOY/カセットボーイ』(以下、『カセットボーイ』)もそんな一作だろう。同作は、「私がみてないときに月はないというのか?」というアインシュタインの言葉と、量子力学に着想を得て作られた。

面白そうなゲームだと注目していたところ、レビュー用Steamキーを提供いただけるという幸運に見舞われたので、このレビューでは本作の魅力をガッツリお伝えしたい。

なお本作の魅力は、文学作品のようにプレイヤー自身が物語を感じるという点と、謎解きだ。このため、ネタバレはできる限り避けるつもりだ。とはいえ作品を紹介する上で触れざるを得ない部分もあるので、ネタバレが気になる人は是非購入して欲しい。

きっと、心に残る体験ができる、そんな良作だ。

見た瞬間に存在が確定する! 視点の回転で謎を攻略するパズル・アクション

量子力学をめぐる思考実験のひとつ、「シュレーディンガー(シュレディンガー)の猫」。密閉された箱の中に、猫と装置が入っている。この装置は、50%の確率で毒ガスを生じさせるというものだ。

さて、箱の中の猫は生きているか、それとも死んでいるか?

確率50%なので、生きているのか死んでいるのかはわからない。いやいや、そもそも猫が死ぬなんて残酷だ!……などなど色んな回答があると思うが、量子力学的な回答としては、「箱を開けた瞬間に猫の生死が確定するので、それまでは生きた猫と死んだ猫が重なった状態になっている」というもの。

そう、量子力学的には「見た瞬間、結果が確定する」のだ。「ハァ!? なんじゃそりゃ!」と思ったかもしれない。アインシュタインじゃなくとも、「だったら、私がみてないときに月はないというんですか?」と小一時間問い詰めたくなるところだ。

だが、少なくとも本作『カセットボーイ』では、「見た瞬間に、存在が確定する」。

『カセットボーイ』は、視点の回転を使って謎を攻略するパズルアクションゲーム。本作は一見すると、ゲームボーイライクな2Dゲームだ。しかし実際には3Dで作られており、視点を回転させることが可能。

視点を回転すれば、一部のオブジェクトは建物や木々など別のオブジェクトの陰となり、見えなくなってしまう。そしてこのとき、見えないものは、存在しないのだ。

本作ではこの、「視点回転によって邪魔なものを消す」というギミックによって謎を攻略していくこととなる。進路上に障害物があって進めないだとか、道中に強力な敵が存在するといった場合でも、視点を変えて見えなくなったら、存在自体がなくなりスルー可能。

このギミックを使った謎解きが、本作のメイン。メインだけあって、謎の完成度は、非常に高い。

ゲーム開始直後こそ、「障害物の見えなくなる角度を探す……」というシンプルな謎にとどまっているが、ゲームが進むと謎の難易度が上昇。見えなくなったものは、「存在しない」ので、当然動くこともなければ、時間も経過しなくなる。こうした、「存在しない」ことによって生じる効果を上手く活用しなければ、謎が解けなくなっていくのだ。

パズルとしての手ごたえもさることながら、パズルを通して「存在しない」とはどういうことなのか? をしっかり表現していく点に、舌を巻いた。

本作は単なるパズルではなく「パズル・アクション」なので、視点回転を使った謎解きだけでなく、敵とのバトルも用意されている。バトルでは、剣や弓矢といった攻撃手段を用いて、敵の打破を目指す。

とはいえ、ただ攻撃をヒットさせて倒すというだけじゃない。ここでも視点回転要素が重要だ。視点回転を使って、敵や敵弾を消すことができれば、戦いを有利に運ぶことが可能になる。

また、「敵を遮蔽物として使い、ギミックを消す」という視点も重要だ。「見えない」ことが存在の消える条件なので、視点を回転させずとも、「見えない」状態が作れれば存在を消すことができる。

そうした仕掛けを通じて、本作ではパズルとバトル、メインギミックとアクションが見事に融合していると感じた。

存在しないものは見えないし、見えないものは存在しない。でもそれって本当……?

「見えないものは存在しない」という要素は、本作のストーリーにおいても中心的な要素となっている。本作の舞台となるのは、月が消えてしまった世界。そして月が消えてしまった原因は、主人公=プレイヤーが「見ていなかった」こと。

「見えないものは存在しない」から、主人公が見ていなかったことによって月が消えてしまったのだ。そこで主人公は、月を探す旅に出る。

主人公の旅の目的となるのが、消えてしまった「月のかけら」。「月のかけら」はこの世界のさまざまな場所へ散っている。謎を解くことで「月のかけら」を探し出し、集めることで月を取り戻すのだ。

ただこの「月のかけら」は、単なるアイテムではなく、危険なアイテム。手にしたものが生物であれ機械であれ、「月のかけら」の影響によって暴走してしまう。そして、主人公=プレイヤーの前にボスとして立ちはだかるのだ。

このボスとの戦いは、本作において山場のひとつだ。いかにもボス戦らしい、強大な敵とのバトルというだけでも十分な山場となっているのだが、それだけではない。主人公の倒したボスは、戻ってこないのだ。

つまり、死ぬということ。

本作において、見えないものは存在しない。だから、視点を回転させて見えなくなったものは、存在が消えてしまう。だが逆に、視点を回転させて見えるようになったものは、再び存在が復活する。

一方、死んだ者はどうだろう?

「私がみてないときに月はないというのか?」アインシュタインのこの言葉に対し、多くの人が直感的には、「自分が見ていようと見ていなかろうと、月はそこにある」と感じることだろう。

一方で、アインシュタインの言葉をこう変えたなら、どうだろうか? 「死によって見えなくなったとき、その人は存在しないというのか?」

もちろん、死んだ者は存在しないという考え方もある。実際に死んだ者を埋葬した後、その姿を見ることはできない。本作においても、どんなに視点を回転させたところで、死んだ者が生き返ることはない。

死んだ者の存在は、何をしようと消えたまま。だが、本当にそうだろうか?

現実世界にカメラはないし、自分の視点を物理的に回転させたところで死んだ者が生き返ることはない。しかし、我々自身の「世界のとらえ方」という意味での視点なら、どうだろう?

「見える」という物理的な実体がある状態だけを「存在」とするのは、「世界のとらえ方」のひとつ、……つまり視点(のひとつ)である。ならばこの「視点」を変えることができたなら……?

……そんなことを考えさせてくれるのが、本作のストーリーなのだ。とても奥深く、味わい深いと感じた。

配信元: ガジェット通信

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