ついに「見た目」まで激変し始めた!
実験開始から5年が経つ頃、従順さを増したキツネたちに行動面での大きな変化が表れます。
人に対して甘えた鳴き声を発したり、積極的に手を舐めたり、自ら仰向けになってお腹を撫でさせたり、犬のように尻尾を振り始めたのです。
またこれらの行動は子供だけでなく、大人になっても続けられました。
そしてキツネの子供たちが10世代になる頃には、中身だけでなく見た目まで変わり始めたのです。
ギンギツネは黒と白の体毛がスタンダードなのですが、グループ内でも特に従順で大人しいキツネたちは赤茶色の体毛に変わっていきました。
それから大人になっても耳がピンと立たず、垂れ耳のままになっていたり、尻尾がくるりと丸まっていたり、攻撃的で警戒心の強いグループに比べて、頭蓋骨が小さく、鼻面が短くて丸くなっていたり、脚の長さが短くなったのです。
これらは野生のオオカミと家畜化された犬に見られる違いとして知られています。
家畜化されたギンギツネたちは性格が大人しく従順になるだけでなく、見た目が大人になっても子供のような愛らしさを保っていたのです。
これは野生では見られない、まったく新しいギンギツネたちでした。

この変化について、共同研究者のリュドミラ・トルート女史(1933〜2024)はこう説明しています。
「野生下のギンギツネは成長して親元を離れると、顔や体型を生存競争に適した形に変化させます。
長く尖った鼻先は獲物を捕らえる際に、さまざまな狭い場所に突っ込みやすい利点がありますし、長い脚は獲物を追いかけたり、天敵から逃げるのに適しています。
しかし飼育環境では厳しい生存競争から解放され、自然の選択圧がなくなるので、行動や体型の幼体化が起こったと見られます」
要するに、人に飼育されるキツネにとって、最も生存競争に適した特徴は「人に好かれること」なのです。
飼育環境で生き残るために、キツネたちは人が好きそうな可愛らしく、穏やかな性質を自然選択したと考えられます。

さらに家畜化実験の中で最上級に従順で大人しいキツネの血液を採取し、反対に最も攻撃的なキツネたちの血液を比較したところ、従順で大人しいキツネたちは血中のコルチゾール値(ストレスホルモン)が非常に低くなっていました。
それだけでなく、気分の向上や不安の低減につながる「セロトニン」の量が大幅に増えていたのです。
つまり攻撃的なキツネたちに比べて、精神的にも非常に安定した個体になっていることを示していました。
その後、ベリャーエフは1985年(享年68歳)に家畜化実験の道半ばで亡くなってしまいますが、研究はリュドミラ・トルート女史が引き継いでいます。
トルート女史は実験の成果を1999年に論文としてまとめて、世界的に大きな反響を呼びました。
彼らの実験は野生下でなら何千年もかけて行われる家畜化を、わずか数十年で実現させたものとして遺伝学者たちに驚嘆されたのです。

もうこの頃には、研究所のギンギツネたちはペット犬のように従順で人懐っこく、人とも普通に屋内で共同生活できるようになっていました。
野生時代の牙は完全に抜かれ、愛らしいペットキツネに大変身を遂げていたのです。
ベリャーエフが始めた家畜化実験は、従順な個体同士をかけ合わせ続けることで、その種のスタンダードとなる性質を遺伝的にガラリと変えられることを証明した歴史的な研究となっています。
【2026.2.7 18:00】記事内容を更新して再掲しています。参考文献
The Daring Russian Geneticist Whose Experiments on Silver Foxes Explained Domestication Has Died
https://www.scientificamerican.com/article/the-daring-russian-geneticist-whose-experiments-on-silver-foxes-explained/
元論文
The silver fox domestication experiment
https://doi.org/10.1186/s12052-018-0090-x
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部

