「プロになっても書くことには影響はない。ただ、“社会人”として振る舞うきっかけにはなった」
──そうして書き続けること5年、40歳で文学賞受賞を機にプロの小説家としてデビューされました。小説家として「はたらいている」わけですが、朝比奈さんの中でこれまでと比べて仕事の価値観の変化はありますか?
小説家として「はたらいている」ことについて、不思議だと感じることがあります。何のためでもなく書いた物語が、出版社の皆さんのおかげで本になり、世の中に出回り、お金をいただいている。仕事って他者のためのサービスだと思うんです。だから、勤務医時代はやりがいは感じなくても仕事をしていた感覚がたしかにあったんですが、今はどうだろう。
ただ、芥川賞などいくつかの賞をいただいて複数の出版社にお世話になる中で、社会人としてのふるまいは重んじるようになりました。受賞して職業作家になることは、書くという本質には一切影響を与えないものの、時間を守るとか、ぼーっとしないとか、取材を受けるとか、こうした社会活動を意識するようになったのはプロの小説家になった変化だと思います。

──今も、月に数回は消化器内科医としてはたらいているそうですね。
ちょうどコロナの時期に、関係が長かった病院から「ちょっとでもいいから来てほしい」と言われたんです。小説家としてプロになって数カ月が経ったころで、「社会に戻ってきた今ならはたらけるかも」と思って。今も医療の現場は人手不足が深刻なので、お手伝いできればという気持ちではたらいています。
──朝比奈さんの小説には、「病気」「生死」「医療」が根底のテーマとしてありますが、救急病院ではたらく医師たちを描いた『受け手のいない祈り』(新潮社、2025年出版)は特に朝比奈さんの激務時代の経験が色濃く反映されているように感じます。本作の執筆の背景には、医師への復帰が関係しているのでしょうか?
執筆自体は刊行のもっと前、2016年ごろからポツポツと書き進めていた作品だったんです。手直しを繰り返し、3回ほど書き直してようやく世の中に出せる状態になったのが2024年。激務時代の体験はある種トラウマでもあったので、8年という時間を経てこのタイミングで書き終えられたことには、その影響が少なからずあったのかもしれません。

「20代では、今の物語は書けなかったと思う」
──デビューからちょうど5年。小説家の仕事とは朝比奈さんにとってどのようなものでしょうか?
ぼくにとって「書く」とは、自分のすべてをぶつけられるものです。書く苦しさも書く喜びも両方ありますが、それは大したことではなく、自分の全部を投げ打って没頭できるという事実が大事だと思っています。満足感や自己承認欲求、お金など、仕事を語るうえでよく挙げられるようなものを超えて、たどり着いた究極の仕事です。

──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?
小説家としてはたらけている自分はラッキーだと自覚していますが、誰でも一生懸命生きていれば、自分のすべてをぶつけられる仕事に出会えると思います。ぼくも激務を超えた30代のあの時期だったからこそ物語を書けたんです。もし経験の浅い20代のときに「何かはじめよう」なんて思って書いたとしても、きっといろんなものに執着してしまって、自分の全部を投げ出すように書けなかったと思います。
だから、もし皆さんが「こんな人生でいいのか」「このはたらき方でいいのか」と思っているのなら、まずはひとときでも目の前のことに全力で向き合ってみてほしい。なんとなく一生をすごしていると、天職と出会うのは難しいし、天職を見つけ出す自分にもなれないかもしれません。何かを続けるうちに苦難の時期が来ると思います。そこで逃げられるのなら、逃げてもいいと思いますが、いつか逃れられないときが来るものです。
苦しみながらひとつのことに向き合った経験は、必ず人間としての深みとなり自分に返ってくると思います。
(「スタジオパーソル」編集部/文・写真:水元琴美 編集:いしかわゆき、おのまり)

