・意味がわからない
そうして勝手に夢中になった後に、何度か快くないことを言われたこともあった。我ながら「おっさんのポールダンスなんて需要ない」とは思っていたけど、「(私が)ポールダンスをやる意味がわからない」と直に言われたのは気分が悪かった。
今にして思えば、あれは“やっかみ”だったのかもしれない。私に関心を払わなければ、気にならないはず。勝手にやってることだし「見てくれ」といった覚えもない。私がポールダンスをしていることが、何か気に障ったのだろう。
それでもその言葉は私の心の奥で、ずいぶん長い間引っかかっていた。どうせ期待されていないんだからと自ら言い聞かせても、どこかで「期待されたい」という気持ちがあったのかもしれない。反面、その引っかかりを糧に気持ちを入れて練習したこともあったな。
・希望はないかも
幸い、10年目を迎えることができたけど、実はコロナ禍がはじまった2020年、つまり4年目に右肩に水がたまり「右肩関節周囲炎」と診断されたことがあった。
5カ月の通院によるリハビリで、今ではあの時のような痛みを感じることはなくなったけど、当時はもう続けられなくなると思っていた。
その頃にYouTubeで初心者向けのチャンネルを開始していたので、動画で「練習がんばろう!」とか言いながら「俺はもうがんばれない」と感じていたことがとてもツラかった。人には希望を口にしながら、自分のがんばりには希望がないかもしれない。前向きは言葉を伝えてはいたけど、心の中に暗い塊を抱える気分だった。
通院しリハビリを重ねた甲斐あって、いつしか肩の調子も不安も解消していた。地道な電気治療と小さな筋トレを続けた成果。何より病院の先生たちの治療のおかげである。これもきっと習慣による支えだろう。
