
アメリカのハーバード大学(Harvard)などで行われた研究によって、バスケ中に体育館に響く「キュッ」という音は、靴底の凸凹の山部分を走るゴムの波が、周囲の空気を振動させて生み出している可能性があると発表。
さらに論文では、この靴底のゴムの波が時速300キロ近い速さで走り、規則正しいリズムで繰り返されることも示されました。
バスケシューズの「キュッ」の音に本気で迫った異色の研究成果です。
研究内容の詳細は『Nature』にて公開されました。
目次
- きしむバスケットボールシューズの秘密は誰も知らなかった
- 体育館で靴が「キュッ」っと鳴る仕組みを解明
- 指でガラスをこする「キュッ」も同じ原理で音がする
きしむバスケットボールシューズの秘密は誰も知らなかった

バスケットボールの試合を見ていると、ボールをドリブルする音や観客の歓声よりも先に、靴が床にこすれる「キュッ」という音が耳に飛び込んできます。
静かな体育館にいると、そのきしみ音だけがまるで主役のように響き渡ります。
不思議なことに、その音はただ「うるさい」だけではなく、試合を盛り上げる独特の臨場感を与えています。
バスケットを題材にしたアニメや映画でも、シューズから発する「キュッ」という音は、場面の臨場感を支える音としてよく使われます。
けれども、よくよく考えると、この「キュッ」という音が、ただ靴底が床にこすれるだけで生じているという説明には、どこか納得がいかない部分があります。
なぜなら、単なる摩擦音にしては、楽器のように鮮明な音程(高さ)を持っているからです。
というのも一般的に、楽器のように鮮明な音程のある「きしみ音」は、とくに硬いもの同士では、表面が引っかかっては突然動き出す「引っかかり滑り(スティック・スリップ)」という現象で説明されてきました。
たとえば黒板を爪でひっかくときや、車のブレーキがキキュッと鳴るのも、この引っかかり滑りが起こしている典型的な音です。
これらの音はしばしば鋭く、ある意味で明確な高さの音を持っています。
一方で、柔らかいものと硬いものの間の摩擦は、明確な音の高さが目立ちにくいことが多くなります。
たとえば硬い黒板を軟らかな黒板消しで消すときや、机の上の落書きを消しゴムで消すときは「ザザー」という感じのザラついたノイズに近い音がします。
柔らかい素材は変形しやすく、そのためある場所が硬いものに接しているのに、1mm横では浮いている、さらにその1mm横では接している…というように硬い部分との接触が複雑になり、その個々が音を発するため雑音的になりやすいのです。
つまり摩擦音の世界では、硬いもの同士は「明確な音」柔らかいものと硬いものでは「ザラザラ音」という傾向にあるわけです。
しかしバスケシューズの底という軟らかなものと床という硬いものの間では、この分類に従わず、まるで硬いもの同士が擦れ合うように「キュッ」と明確な甲高い音をしばしば発しています。
そこで今回研究者たちは、「キュッという音」の謎を解き明かすため、靴底と床の間で実際に何が起こっているのかを音と映像で詳しく調べることにしました。
すると、一体あの音はどこから来るのでしょうか?
体育館で靴が「キュッ」っと鳴る仕組みを解明

バスケシューズはなぜ「キュッ」という甲高い音を出すのか?
答えるため、研究者たちは接触で光るガラスの板の上で靴を滑らせ、そのときに出る音を録音しながら、靴底の下の様子を超高速のカメラで観察することにしました。
この方法では、靴底とガラス板が接触している部分だけが光で明るくなり、ほんの少しでも離れている場所は暗く見えます。
実際にこの方法で観察してみると、意外な光景が見えました。
ふつう私たちは、靴が床の上を滑るとき、靴底全体が床に触れたまま、一枚の板のようにまとめて「ズルッ」と動いているように想像しがちです。
ところが実際には、そうした単純な滑り方ではありませんでした。
観察してみると、床に触れている靴底の広い面がいっせいに動くのではなく、その中のごく狭い場所だけが、ほんの一瞬だけ床から少し浮き上がり、小さなすき間をつくっていたのです。
(※ここで言う「床に触れている」のは、主に靴裏の凸凹の「山」になっている部分です。研究ではそのごく一部において空間的なスキマ発生が観測されました。)
そして、そのすき間はその場で消えて終わるのではなく、次の場所、そのまた次の場所へと受け渡されるように前へ進んでいきました。
つまり、床との接触が一度にまとめてほどけるのではなく、「ここが少し開く、次にその隣が開く」という変化が連続して起き、その結果として、開いた部分そのものが波のように移動していたのです。
これはまるで絨毯の上を小さな「しわ」が走るような感じです。 靴底と床の間では、私たちの知らないうちに、この小さな「すき間の波」がつぎつぎと生まれ、それが移動しながら進んでいたというわけです。
しかもこの波は、靴そのものが滑る速さよりずっと速く、時速にすると約300キロメートルにも達していました。
そして重要な点として、この小さな「すき間の波」の動きは、偶然のばらつきではなく、かなり規則的に起こっていました。
研究者たちが録音した靴のきしみ音の高さを確認すると、その小さな波の「発生するテンポ」と、実際に録音された「キュッ」という音の高さが、ほぼぴったりと一致していることがわかったのです。
つまり、バスケットボールシューズのあの高く鮮明な音は、単なる偶然や強くこすれた結果ではなく、靴底の下で起きる小さな波が規則的に繰り返されて空気を揺らした結果だったということです。

さらに研究者たちは、靴の素材であるゴムを使った実験も追加しました。
ひとつは表面が完全に平らなゴムのブロックで、もうひとつは靴底のように細い溝が規則正しく並んだブロックです。
この二つを同じようにガラス板の上で滑らせて、波の動きと音の出方を比べました。
すると平らなゴムブロックの場合、小さな「すき間の波」は色々な方向や間隔でバラバラに発生し、結果として音は濁ったようなザラザラしたノイズになりました。
一方で、細い溝がついたゴムブロックの場合には、その溝の山部分に生じた「すき間の波」がまっすぐ規則的に伝わり、結果として明瞭で澄んだ音程のある「キュッ」が生まれたのです。
興味深いことに、最初のスキマがが発生する場所は最も圧力が高い部分ではなく、後端でいったん圧力が弱まり、接触がほどけやすくなった部分が発生源に近いこともわかりました。
さらに続く調査で、この溝が、波を決まった方向へ導き、整然と揃える線路のような働きをしていたこともわかりました。
波は放っておくと勝手な方向に広がってしまいますが、細い溝が入ったゴムでは、この自由な動きに“制限”がかかり、凸凹の山部分をスキマの波が伝わっていったのです。
イメージとしては、広い平地を好き勝手に走るのではなく、線路の上を走る列車のように、進む向きが自然と決まってしまう状態です。
その結果、ばらばらだった波の動きは、溝に沿ってほぼ同じ向きにそろい、しかも同じようなタイミングで次々と繰り返し発生するようになります。
つまり、動きが「ランダムなばらつき」から「規則正しい繰り返し」へと変わるのです。
音というのは、空気の振動が一定のリズムで繰り返されるときに「高さ(音程)」として感じられます。
波の動きがそろうと、音が明瞭になり、私たちの耳には、明瞭で澄んだ音程を持つ「キュッ」という音として聞こえるのです。
ある意味で「バスケシューズの裏は楽器のような音をまとめ上げる性質があった」と言えるでしょう。
これは靴底の細かい溝が、単なる滑り止め以上の役割を果たしていたことを示しています。
また、実験を進めるうちにもう一つの驚きが明らかになりました。
一般に私たちは、「速くこすると高い音が出る」と考えがちですが、結果は少し違っていました。
ゴムブロックの実験では、実際の音の高さそのものを決めていたのは、ブロックの高さと、それが決める基本的な揺れ方だったのです。
たとえるなら、ギターの弦を張るとき、弦の太さや張り方で音の高さが決まるように、ゴムのブロックの高さが、その素材の基本的な揺れ方を決めて、最終的な音程になっていたということです。
そして、当初音程の要因だと思われていた「こする速さ」のほうは、主に「安定してはっきりした音が出るための音の発生条件」に影響を与えていました。
つまりバスケットシューズのきしみ音は、単なる耳障りな雑音ではなく、形と波と素材の振動が絶妙に組み合わさった即席の「楽器」だったということになります。
さらに研究者たちは、こうしてわかったしくみを応用して、実際に『スター・ウォーズ』のテーマの一部まで演奏しました。
しかも一部の場面では、ごく小さな放電のような光も見えており、摩擦の世界にはまだ隠れた謎が残っています。

