
イギリスのオックスフォード大学(University of Oxford)と中国の雲南大学(YNU)などの研究チームにより、カンブリア爆発が起こる前に、既に複雑な動物群が存在したことを示す大量の化石が発見されました。
研究ではカンブリア爆発の直前にあたりエディアカラ紀後期(約5億5400万〜5億3900万年前)の地層から多様な動物の化石が発見されたことが示されています。
もしこの発見が正しければ、カンブリア爆発は進化的な爆発が起きた単一のイベントではなく、それ以前から続く系統の多様化の一場面だった可能性があります。
いったいどんな面白生物がみつかったのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年4月2日に『Science』にて発表されました。
目次
- カンブリア爆発の前に既に爆発は始まっていたかもしれない
- エディアカラ後期の新たな動物群化石が発見された
- カンブリア爆発は見えるようになった時期に過ぎないのだろうか?
カンブリア爆発の前に既に爆発は始まっていたかもしれない

今からおよそ5億4000万年ほど前、地球上には、化石記録の上では、私たちが知る動物の姿はまだほとんど見られませんでした。
この時代を「エディアカラ紀」と呼びますが、このころの生き物は、今日の私たちが知る「動物」とはずいぶん違った姿をしていました。
彼らは多くが薄っぺらくて、クラゲや海藻のように平たい体をもち、口や目、足といったはっきり確認できる器官が見えないものが多くあります。
そのため、どうやって暮らしていたのか、そもそも本当に動物だったのかさえはっきりとはわかっていないのです。
ところがその直後、およそ5億3500万年前ごろに「カンブリア紀」という新しい時代に入ると、状況は一変します。
突然と言っていいほど、まるで生物たちが「動物らしい動物」に目覚めたかのように、さまざまな形をした複雑な体つきの生き物が現れはじめるのです。
口や腸をもち、自分でエサを捕まえて食べ、海底を自由に動き回ることができる、今日の動物の祖先たちです。
この出来事はあまりに急激で派手だったので、「カンブリア爆発」と呼ばれ、長年、生命進化の謎のひとつになってきました。
しかし近年になり、新しいタイプの証拠が次々と登場し、研究者たちのあいだで大きな疑問が広がっていました。
特に注目されたのが、DNAを使った研究です。
生き物の体の設計図であるDNAは、時間とともに完全に一定ではないものの、ある程度の規則性をもって変化していきます。
そこで、異なる動物同士のDNAをくらべて「違いの大きさ」を調べると、その生き物同士がいつごろ別れたか、つまり進化した年代を推定することができるのです。
すると驚くべきことに、多くの動物グループは化石として姿が確認されるはるか以前、エディアカラ紀の時代にはすでに分かれていたらしいことが示唆されてきました。
もしこのDNAの分析結果が正しければ、主要な系統の分岐という意味での「本当の始まり」はエディアカラ紀にあり、カンブリア爆発はその成果が化石記録に大きく現れた出来事だった可能性があります。
ところが、不思議なことに、カンブリア爆発より前の時代には、それらの動物たちの「体そのもの」を示す化石がほとんど見つからないのです。
これはまるで、「足跡や時計が示す時間にはそこに動物がいたはずなのに、肝心な本人たちが見つからない」という、まさに謎の状態でした。
これが、進化生物学者を長年悩ませてきた大きなジレンマ、すなわちいわば「エディアカラ紀の空白」です。
理由の1つが、化石としての残りにくさでした。
エディアカラ紀に生きていた生物のほとんどは、砂や泥の表面に薄く押しつぶされた「影絵」のような形でしか化石として残っていません。
そのため、体の内部の構造、たとえば食べ物を消化するための腸やエサをとるための口といった重要な部分が、ほとんど確認できないのです。
そんな中、この長年の謎に大きく切り込むことになったのが、中国南西部の雲南省にある「江川生物群(Jiangchuan Biota)」という化石産地です。
この場所は実は以前から研究者たちに知られており、エディアカラ紀後期の海を研究する重要な地点として注目されていました。
しかしながら、これまでよく知られていたのは主に藻類、つまり海藻の化石で、動物化石はほとんど知られていませんでした。
しかし今回の研究で、ついに本格的な動物化石が江川生物群から多数発見されました。
こうして長く見えにくかったエディアカラ紀の動物世界からは、いったいどんな動物が現れてくるのでしょうか?
エディアカラ後期の新たな動物群化石が発見された

研究チームは今回、中国南西部にある雲南省の江川生物群という場所で発見された700点以上の化石を詳しく調査しました。
これらの化石の年代は約5億5400万年から5億3900万年前とされ、ちょうどエディアカラ紀の終わりごろ、カンブリア紀の直前にあたる時期です。
これまで発見されたエディアカラ紀の動物化石の多くは柔らかく繊細な体のものが多いため、普通は体の外側の輪郭だけが薄く残る場合がほとんどで、これまで細かな器官の様子までわかる化石は多くありませんでした。
ところが、今回江川生物群で発見された化石は驚くほど詳しく、生き物たちの体の細部がはっきりと残っていたのです。
その秘密は「炭質膜」という特別な保存のされ方にあります。
「炭質膜」とは、動物の体が土に埋もれたあと、体を作る有機物の痕跡が炭素に富む薄い膜状に残ったものです。
この特別な保存のされかたのお陰で、これまでエディアカラ紀の化石ではほとんどわからなかった、体の重要な部分がはっきりと見えるようになりました。
具体的には、食べ物を取り込むための口のような器官、消化するための管(消化管)、さらには体を動かすための仕組みなどが確認できたのです。
つまり、ただ平たくて謎めいていた従来のエディアカラ生物像とはまったく異なる、より現代の動物に通じる姿が明らかになったということです。
これがどれほど重要なことかと言うと、生き物の分類や進化の研究では、「どんな外見をしているか」だけではなく、「どうやって食べていたか」「どのように動いていたか」が、その生物の正体を知るための大事なヒントになるからです。
今回の発見により、エディアカラ紀の動物たちがこれまでの想像よりもずっと複雑で、現代の動物に近い生活をしていた可能性が見えてきました。
さらに驚きだったのが、この化石群に含まれている生物の「種類」です。
もちろん、これまでエディアカラ紀でよく見つかっていた平らな謎の生き物もいましたが、それだけではありません。
むしろ、そこには、現代の動物へとつながる重要な特徴を持つ生物がたくさん含まれていたのです。
たとえば、左右対称な体を持つ生き物(左右相称動物)や、細長い虫のような動物など、まさに今日私たちが知る動物の「祖先的な姿」と思えるような生き物です。
特に注目されるのが「後口動物(こうこうどうぶつ)」というグループの化石です。
あまり聞き慣れない分類かもしれませんが、簡単に言えば私たち人類を含む大きな系統の、ごく古い親戚筋です。
左右相称動物の多くは、実は大きく2つのグループに分けることができます。
ひとつは「前口動物」と呼ばれるグループで、教科書的には、体が作られるときに最初にできた穴がそのまま口になるタイプです。
このグループには、昆虫、クモ、カニなどの節足動物や、タコや貝のような軟体動物、そしてミミズのような動物が含まれます。
もうひとつが今回の主役である「後口動物」で、こちらは教科書的には、最初にできた穴が肛門になり、そのあと別の場所に口が作られるという、逆の発生のしかたをします。
ここには、ヒトデやナマコだけでなく、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類といった全ての脊椎動物が含まれているグループです。
今回見つかったのは、その後口動物の系統の中でもかなり初期に枝分かれした、「最古級の仲間」にあたると考えられるものです。
彼らは体がU字型で、海底にしっかりと固定されて暮らしていたらしく、頭部には2本の触手を持ち、そこから海中の小さな食べ物を集めて食べていたと考えられています。
この化石が重要なのは、「人間を含む動物グループ」の祖先に近い系統が、化石記録の上では主にカンブリア紀から知られていた時代よりも古いエディアカラ紀末期にはすでに存在していたことを示しているからです。
つまり、私たちの動物としての歴史が、これまでよりもはるかに古くから始まっていた可能性があるのです。
また、この江川生物群では、エディアカラ紀的な古い特徴をもつ生き物と、後のカンブリア紀で主流となる新しいタイプの動物が「同じ海で混ざり合って暮らしていた」証拠も発見されました。
これは、動物の世界が「古いタイプから新しいタイプへ突然入れ替わった」のではなく、一定期間は両方のタイプが同時に存在し、徐々に新しい形の動物へと移行していった可能性を示しています。
今回の研究はまさに、この移行期の貴重な瞬間を明らかにする、非常に重要な発見だったと言えます。

