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2度の政局読み違えで万事休す…野田佳彦に欠けていた“政略”【歴代総理とっておきの話】

2度の政局読み違えで万事休す…野田佳彦に欠けていた“政略”【歴代総理とっておきの話】

首相官邸HPより

永田町取材歴50年超の政治評論家・小林吉弥氏が「歴代総理とっておきの話」を初公開。今回は野田佳彦(下)をお届けする。

消費増税と党内分裂…政権を揺るがした火種

政権の座に就いた野田佳彦は、前任首相の菅直人が打ち出した「社会保障と税の一体改革」のため、消費増税路線を引き継ぎ、その実現に前のめりとなった。

一方、当時の野党第1党であった自民党は、平成23(2011)年9月に総裁選挙を実施したが、現職総裁の谷垣禎一は出馬を見送り、5人の候補者が出馬した。1回目の投票では、党員票で他を圧倒した石破茂が1位になったものの、国会議員による決選投票では第1次内閣を投げ出した安倍晋三が、政権奪還への執念を見せつけ、再び総裁に就任した。

さて、そうした動きのなかで、民主党内は「政権公約(マニフェスト)に消費増税が明記されていないのに、増税とは何事だ」と、小沢一郎のグループが反対の声を高めた。これには党内の主導権争いも絡んでおり、「一体改革」の大綱や法案提出の閣議決定においても、主流派との対決姿勢が明白となった。

これで切羽詰まった首相の野田は、法案成立へ向けての“爆弾”を投げつけた。なんと、消費増税の必要性に関して基本的見解が一致していた自民、公明両党と、民主党との「大連合」構想を持ち出したのである。

このときの民主党担当記者の弁が残っている。

「野田支援のグループからは、『政権交代可能な2大政党づくりに成功したのに、大連合とはあ
まりに矜恃がなさすぎる』と声が上がり、世論からもまた『野合以外の何物でもない』とブーイングを浴びせられた。結局、大連合の話は消えたが、一体改革の関連法案は平成24(2012)年6月、民・自・公3党協議を経たうえで衆院を通過、8月には同様に3党などの賛成を得て成立した。
しかし、この間にも民主党の小沢グループを中心に、57人の議員が衆院の採択で反対、その大半が党を離れる事態となり、ここで野田政権は事実上“万事休す”となっていた。この頃、野田はさすがに落ち込み、好きな日本酒『十四代』もほとんど口にしなかったといわれている」

歴代総理とっておきの話】アーカイブ

解散決断と歴史的大敗

それでも民主党内には、この“火中の栗”を拾おうとする者はなく、9月の代表選ではやむを得ず野田が「再選」されている。しかし、政権はすでに体力を失い、衆院の解散を迫る自民党の圧力に押され、もはやあらがうことは難しくなっていた。

そうしたなか、臨時国会終盤の11月に入って、野田首相と自民党・安倍総裁との「党首討論(クエスチョン・タイム)」が行われた。

ここで、野田がこう切り出した。

「当国会中に自民党が衆院議員数削減法案に協力するというなら、16日に衆議院解散の約束をしてもいい」

これには安倍も“待ってました”である。政権奪還のチャンス到来とばかり、野田に「協力」を明言して12月の総選挙に突入。このあたりでは、野田の政治家としては真っ正直すぎる性格、政局観の甘さも顔を出したのである。

一方で、小沢は民主党を離脱した議員を集め、嘉田由紀子・滋賀県知事を代表とする「日本未来の党」を結成し、総選挙に臨んだ。

結果、民主党は選挙前の230議席から、じつに57議席に大激減、日本未来の党も選挙前の61議席から、わずか9議席となり、ここでは小沢の仕掛けも失敗した。すでに、選挙戦への取り組みは、自民党が一歩も二歩も先行していたのである。かくて、野田にとっても選挙はすべてが裏目に出て、引責による首相の辞意表明を余儀なくされている。

野田の退陣を受けた選挙後の特別国会では、自民党の安倍総裁が首相に指名され、5年ぶりの「再登板」を果たすことになった。

振り返れば、わずか3年3カ月で幕を降ろした民主党政権は、自民党とは一味違った「政治主導」「脱・官僚主義」を標榜しつつ、この国の舵取りを夢見ていたが、あまりに儚く散ってしまった。

配信元: 週刊実話WEB

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