9,000万円の薬と、寝たきりから解放された人生

ただし、手放しで喜べない面もあります。
この治療は、患者ひとりごとに、その人自身のT細胞から改造細胞を作ります。
既製品の薬のように工場で大量生産できるものではないので、費用がどうしても高くなる。
がんの治療で使われる場合、一回の治療費はアメリカでおよそ20万ドルから60万ドル、日本円にすると3,000万円から9,000万円にのぼります。
これは細胞そのものの価格に、入院や検査の費用まで含めた幅です。
ただしミュラー医師は「初期費用は高額だが、長期的には大幅な節約になる」と指摘しています。
自己免疫疾患の患者は何十年も薬を飲み続けなければならず、何より治療が効けば仕事にも復帰できるからです。
それに、このケースはまだ「たった一人」の症例報告にすぎません。別の体質の患者で同じように効くのか、もっと長期間見ていったら再発しないのか。
そうした疑問に答えるためには、これから多くの患者さんが参加する比較試験が必要になります。
実際、論文でも、単一症例で追跡期間もまだ短く、最終的な結論にはさらなる試験が必要だと慎重に記されています。
ただ、たとえこれが今はまだ一人分の物語だとしても、この報告にはずっしりとした意味があります。
それは、免疫系は「壊れたら一生治らないもの」ではなく、「リセットできるかもしれないもの」だということです。
自己免疫疾患を抱えて10年、20年と苦しんでいる人が、世界中には何千万人といます。
関節リウマチ、ループス、多発性硬化症、重症筋無力症、潰瘍性大腸炎、重症喘息。
どれも一生薬を飲み続けるしかないと言われ、少しずつ体を蝕まれていく病気たちです。
けれど、その根っこがもし本当にB細胞の暴走にあるのなら——そしてCAR-Tのようなしくみで、その根っこを丸ごと入れ替えられるのなら——病気を抱えた人生が、治療を一度で終わらせられる人生に書き換わる可能性がみえてきます。
寝たきりだった女性が、治療からまもなくベッドから起き上がり、11か月後には血液サラサラの薬まで手放している。
その事実は、自己免疫疾患の治療の未来が明るいことを示しています。
参考文献
CAR-T therapy drives remission in patient with three autoimmune diseases
https://www.eurekalert.org/news-releases/1121990
元論文
CD19 CAR-T therapy induces remission in refractory autoimmune hemolytic anemia with ITP and antiphospholipid syndrome
https://doi.org/10.1016/j.medj.2026.101075
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

