
話はちょっと不思議な買い物から始まります。
ドイツのユーリッヒ研究センター(FZJ)の研究者たちが、あるときeBayで「17世紀のマスケット銃の弾丸の破片」を購入したのです。
マスケット銃というのは、火縄銃の仲間のような昔の銃のこと。
つまり彼らが手に入れたのは、400年近く前にヨーロッパのどこかで撃たれたか、あるいは撃たれずに土に埋もれていた、「戦場の遺物」でした。
しかも、届いた弾丸は想像以上にボロボロでした。
長い年月のあいだに炭素の汚れがこびりつき、他の金属の不純物が混ざり込み、表面は酸化して灰白色の被膜でくすんでいます。
普通の感覚なら「こんな汚いもの、何に使うのか」と思うような代物です。
ところが研究者たちは、この汚れきった鉛の塊から、最先端と肩を並べる性能のソーラーパネルを作り上げてしまったのです。
しかもエネルギー変換効率は21%。
これは純度99.999%という極限まで磨き上げられた市販の最高級原料で作ったものと、統計的に区別がつかない水準でした。
いったいどういうことなのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年4月15日に『Cell Reports Physical Science』にて発表されました。
目次
- 「鉛」と「太陽電池」という意外な組み合わせ
- マスケット弾を太陽電池に変える、二段階の錬金術
- この研究が本当に意味していること
- 戦場の鉛が、太陽を受ける側へ
「鉛」と「太陽電池」という意外な組み合わせ

話を理解するために、少し遠回りして「ペロブスカイト太陽電池」というものを紹介させてください。
最近ニュースで耳にすることが増えた、次世代のソーラーパネルです。
このペロブスカイト太陽電池が何を期待されているかというと、従来のシリコン製パネルと違って薄くて軽く、布のように曲げることさえできるという点です。
ビルの壁に貼ったり、衣服や布製品に組み込む応用も構想されていて、将来的には製造コストも安く抑えられると期待されています。
日本でも国家戦略レベルで力を入れている分野です。
ただ、この夢のような技術には一つだけ頭の痛い問題があります。
性能を出すには、今のところ「鉛」が欠かせません。
鉛を使わないタイプも研究されていますが、現時点で高効率なものは鉛系が主流です。
正確には「ヨウ化鉛」という、鉛とヨウ素を化合させた黄色い粉。
しかも中途半端な純度ではダメで、99.999%という超高純度のものが大量に要ります。
業界ではこれを「ファイブ・ナイン」と呼んでいます。
鉛というのは毒性が強い金属です。
鉱山から掘り出して精製するのも、環境への負荷がかなり大きい。
クリーンエネルギーのために毒物を新しく掘り続けるというのは、なんとも皮肉な話です。
そこで研究者たちが目をつけたのが、世界中に大量に眠っている「鉛のゴミ」でした。
実は鉛というのは、私たちの生活のあちこちに紛れ込んでいます。
古くなった車のバッテリー、壊れた電子機器、取り壊された建物の廃材、そして昔の弾薬。
世界全体で見ると、いま使われている鉛の半分以上はすでにリサイクル品で賄われているのですが、それでも捨てられる鉛のうち3割から4割は回収されないまま放置されているのが現状です。
もしこの「捨てられる鉛」を、ソーラーパネル用の超高純度ヨウ化鉛に変換できたら、どうなるでしょうか。
新しく鉱山を掘らずに済むし、毒性のある廃棄物も減る。
クリーンエネルギーの原料不足も解消する。
いいことずくめに見えます。
ただし、言うは易しで、捨てられている鉛というのはたいてい汚れています。
不純物だらけで、そのままでは太陽電池には使えません。
「汚れた鉛を超高純度まで磨き上げる」という難題を、誰かが解かなければなりませんでした。
ここで研究者たちの発想の面白さが光ります。
彼らはあえて一番難しい素材で挑戦しようと決めたのです。
それが400年前の弾丸でした。
論文の中で研究チームは、この弾丸のことを「極めて困難なモデル原料」と表現しています。
要するに「これで上手くいけば、多くの鉛ゴミに応用できる道が開ける」という、ラスボス級の難敵をあえて最初にぶつけたわけです。
普通の研究なら「比較的きれいなサンプルでまず成功させよう」と考えるところを、彼らは逆を行きました。
この腹のくくり方には、研究者としての潔さを感じます。
その潔い挑戦の中身を、次のページでいよいよ具体的に見ていきましょう。
マスケット弾を太陽電池に変える、二段階の錬金術

さて、実際の工程です。
大きく分けて二つのステップで進みます。
まず最初のステップは、弾丸を溶かして棒状に鋳直し、それを電極として使うというものです。
研究チームはまず380℃で弾丸を溶かし(鉛の融点は327℃なので、その少し上の温度です)、10ミリ×150ミリの細長い棒に鋳直しました。
400年前の弾丸が研究室でドロドロに溶けていく光景は、それだけでちょっとした絵になります。
具体的には、アセトニトリルという液体にヨウ素を溶かし込んだ溶液に、この鉛の棒を二本並べて浸し、15ボルトの電圧をかけます。
すると電気の力で鉛が少しずつ溶け出し、ヨウ素とくっついて、鮮やかな黄色のヨウ化鉛が電極の表面に析出してくるのです。
黒ずんだ古い鉛が、目の前で黄色く変身していく様子を想像すると、なかなか魔法のようです。
この方法の優れているところは、水をほとんど使わないこと。
従来のやり方だと、硝酸で鉛を溶かして水で洗う工程があり、ヨウ化鉛を1キロ作るのに水を50〜70リットルも使い、有毒ガスまで出していました。
しかも従来法は、鉛が溶けきるまで常温で約35日もかかります。
それが新手法では、電気化学変換の段階がほぼ室温で進み、鉛を含む排水も大幅に減らしながら、流した電気の94%がきちんとヨウ化鉛作りに使われるという、きわめて効率的なプロセスに進化しました。
研究チームはさらに、電極の表面を定期的に削ったり、プラスとマイナスの極性を入れ替えたりといった細かな工夫を積み重ね、同じ時間で得られるヨウ化鉛の量を約3倍(204%増)にまで引き上げることにも成功しています。
ただしこの段階では、まだ不純物が残っています。
そこで第二段階。
ここで登場するのが「逆温度結晶化」という、直感に反する不思議な現象です。
ふつう私たちは、物質は冷やすと固まると思っています。
水を冷やせば氷になるし、飴を冷やせば固まる。
ところがヨウ化鉛に別の分子を混ぜてペロブスカイト構造の原料液にし、特殊な溶媒(GBL)に溶かすと、温めれば温めるほど結晶が出てくるという逆の現象が起きるのです。
研究チームは25℃から120℃までじわじわ時間をかけて加熱し、5ミリから10ミリほどの大きな黒い結晶を育てていきました。
結晶というのは面白い性質を持っていて、きれいに成長していく過程で、不純物を自然とはじき出していきます。
整然と並ぼうとする原子の列に、混じり者は入れてもらえないのです。
結晶化そのものが、壮大な自然のろ過装置として働くわけです。
この工程を経た鉛は、市販の最高級品と比べても遜色なく、項目によってはそれを上回るほどの純度にまで磨き上げられました。
ちなみに、この精製ステップを飛ばして未精製のヨウ化鉛のまま太陽電池を作ると、効率はたった5%ほどまで落ち込むことも確認されています。
つまり今回の成果は、「電気化学で汚れた鉛を黄色い粉に変える」ステップと「結晶化で徹底的に磨き上げる」ステップ、その二つがそろって初めて成立する技術なのです。
こうして生まれ変わったヨウ化鉛で、研究チームは実際にペロブスカイト太陽電池を組み立てました。
そして、市販の最高純度原料で作った太陽電池と並べて性能を比較。
結果は、弾丸製の最高性能セルで効率21%、市販原料製で約22%。
統計的に見て「差があるとは言えない」という結論でした。
つまり、400年前のボロボロの弾丸から作った太陽電池と、市販の最高級原料から作った太陽電池が、ほぼ同じ性能だったのです。
(※ちなみに世界最高レベルのペロブスカイト太陽電池の効率は26%台後半なので、21%というのは研究室レベルとして十分に競争力のある数字です。)
「お遊びの実験」ではなく「真剣な技術」であることが、この数字からも伝わってきます。
ですが、実はこの研究の本当の価値は、この数字そのものではなく、別のところにあります。

