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「お湯が水より先に凍る」ムペンバ効果──量子の世界にも同じ仕組みが隠れていた

「お湯が水より先に凍る」ムペンバ効果──量子の世界にも同じ仕組みが隠れていた

「お湯が水より先に凍る」ムペンバ効果──量子の世界にも同じ仕組みが隠れていた
「お湯が水より先に凍る」ムペンバ効果──量子の世界にも同じ仕組みが隠れていた / Credit:Canva

冷凍庫にお湯と水を同時に入れたら、どちらが先に凍ると思いますか。

常識的に考えれば答えは水です。

もともと温度が低いのですから、氷点まで到達する距離も短いはず。

ところが実際にやってみると、なぜか熱いお湯のほうが先に凍ってしまうことがあります。

アイルランドのトリニティ・カレッジ・ダブリン(TCD)で行われた研究により、「お湯が水より早く凍る現象」として知られる不思議なムペンバ効果と同じような現象が「量子の世界」でも起きており、しかもその2つが同じ数学的枠組みで統一的に記述でき、共通の構造をもつことが数学的に示されました。

なぜゴールから遠い設定のほうが近いものを追い越せるのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年3月25日に『Physical Review X』にて発表されました。

目次

  • そもそも何が「おかしい」のか
  • 量子ムペンバ効果――「水よりお湯が早く凍る」現象が量子世界と結び付いた
  • 同じ系の中に2つのムペンバ効果が隠れていた

そもそも何が「おかしい」のか

量子ムペンバ効果――「水よりお湯が早く凍る」現象が量子世界と結び付いた
量子ムペンバ効果――「水よりお湯が早く凍る」現象が量子世界と結び付いた / Credit:Canva

ムペンバ効果の物語は、1963年のタンザニアにさかのぼります。

当時13歳だった中学生エラスト・ムペンバは、学校でアイスクリームを作る授業を受けていました。

本来ならアイスクリームの材料を冷ましてから冷凍庫に入れるのがルール。

ところが冷凍庫のスペースが限られていたため、彼は熱々のまま入れてしまいました。

しばらくして冷凍庫を覗いたムペンバは、自分の目を疑います。

ちゃんと冷ましてから入れた他の生徒のアイスクリームより、自分の熱々だったアイスクリームのほうが、先に凍っていたのです。

少年は先生に報告しました。

けれど返ってきたのは「勘違いだろう」「そんなはずはない」という冷たい反応でした。

ところが彼は諦めませんでした。

数年後、ムペンバは講演に来ていた物理学者デニス・オズボーンにこの話をぶつけ、最終的には真面目に取り合ってもらえるようになります。

そして1969年、二人はこの現象が実在することを実験で確かめた論文を発表しました。

そしてこの不思議な現象は少年の名前を冠して「ムペンバ効果」と呼ばれるようになりました。

この現象の何がそれほど不思議なのか?

日常感覚では、ゴールに近い方が先に着くのが当然です。

90度のお湯を20度まで冷やすには「70度ぶん」冷えなければなりません。

30度のぬるま湯なら「10度ぶん」で済みます。

だからぬるま湯が先に冷えるに決まっている。

ところがムペンバ効果は、この直感を裏切ります。

出発点が遠い方が、なぜかゴールに先に着いてしまうのです。

しかも驚くことに、この「遠いほうが早く着く」現象は、水だけの話ではありませんでした。

過去に行われた研究でも、高温に熱したビーズや微粒子のほうが、低温で熱したビーズや微粒子よりも早く冷却水の中で冷めるケースが確認できたのです。

どうやら水だけの偶然ではない。

何か、もっと深いところに共通の原理がありそうだ。

そう物理学者たちは感じていました。

さらに近年、物理学者たちを驚かせたのは、量子の世界にも「ムペンバ的な現象」が存在するという発見でした。

たとえばある量子的な状態がベースとなる状態より「大きく崩れていた状態」の方が、「崩れの小さい状態」より早く元に戻ることが確認されたのです。

これは偶然でしょうか。

それとも、二つの現象の奥には共通の何かが潜んでいるのでしょうか。

量子ムペンバ効果――「水よりお湯が早く凍る」現象が量子世界と結び付いた

量子ムペンバ効果――「水よりお湯が早く凍る」現象が量子世界と結び付いた
量子ムペンバ効果――「水よりお湯が早く凍る」現象が量子世界と結び付いた / Credit:Canva

これまで発見されてきたムペンバ効果は、バラバラに議論されていました。

水のムペンバ効果、量子のムペンバ効果──同じムペンバ効果と名前がついていても、統一的に理解する枠組みが存在しなかったのです。

そんな中、新たな研究では、ついにひとつの答えを出し「古典と量子の二つのムペンバ効果は、一つの枠組みで統一的に説明できる」ことを示しています。

その枠組みとは「資源理論」と呼ばれるものです。

少し硬い名前ですが、考え方はシンプルです。

あなたが山の上にいるとしましょう。目標は麓のゴールまで降りること。

このとき、あなたの「標高」が「資源」に相当します。

山を降りるとは、資源を使い切ることです。

それは熱を捨てることだったり、崩れた状態をベースラインに戻すことだったりします。

ただし下山と同じで、道は一本ではありません。

平衡に向かう変化にはいくつもの種類があり、すぐ片付くものもあれば、なかなか消えない頑固なものもあります。

そして「完全にゴールに着いた」と言えるのは、そのすべてが解消されたときです。

ここで大事なのは、全体の所要時間を決めているのは、最も頑固な変化だという点です。

他がどんなに早く片付いても、一番遅いものが残っている限り、ゴールにはたどり着けません。

逆に言えば、ゴールからどれだけ離れていても、頑固な変化をほとんど含んでいなければ、一気にゴールへ到達できます。

そしてこの仕組みが、日常スケールでも量子スケールでも共通していることが示されたのです。

たとえば磁石がバラバラな方向を向いている状態を想像してください。どの方向にも偏りがないので、これがゴールの状態です。

一方、全員がビシッと同じ方向を向いていたら、その方向だけが特別になるので、ゴールから遠い状態です。

ここで不思議なことが起きます。

全員がビシッと揃っていた状態と、なんとなく偏っていた状態を比べると、ビシッと揃っていた方が先にバラバラに戻れることがあるのです。

量子の世界でも同じことが起きています。

粒子の向き(スピン)がすべて揃った状態は、時間が経つにつれて徐々にバラバラになり、偏りのない状態に戻っていきます。

そして揃い方が強くゴールから遠いほうが、中途半端に揃った状態より速く戻れることがある。

研究チームは、複数の異なるシステムで丹念に計算を行い、日常スケールと量子スケールの両方でこの「ゴールから遠い方が先に着く」構造が共通していることを数学的に示しました。

どちらの場合も、鍵になるのは「一番遅い変化とどれだけ重なっているか」です。出発点がゴールから遠くても、その中身が一番遅い変化をほとんど含んでいなければ、追い越しが起きる。

見ている対象は違っても、この構造は共通しています。

配信元: ナゾロジー

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