プロレスの魅力は、何度倒れても立ち上がる姿にある。追い詰められても、痛めつけられても、それでも拳を握り、前へ出る。その姿に、人は自分自身を重ねる。
日本初の全盲プロレスラー・大舘裕太さんもまた、その“立ち上がる力”に人生を救われてきた一人だ。生後まもなくして小児がんによる右眼の摘出、幼少期のいじめ、18歳での視力喪失、がんの再発ーー。それでももう一度リングに戻ったのは、プロレスが単なる競技ではなく、自分の生き方そのものだったからだ。
相手の位置を音や空気、体温で感じ取りながら闘う。その挑戦は、「障がいがあってもできる」という言葉だけでは語りきれない諦めない気持ちと努力がある。落ち込んでもいい、迷ってもいい。それでも自分を否定しないこと。その先にしか次の一歩はない。
大舘さんの闘いは、私たちの人生と地続きでつながっている。
小橋建太に憧れた少年が、一度諦めた夢に戻るまで
バスケットボールをやっていた小学生の頃の大舘さん。この頃に下級生からいじめを受けていたが、両親の言葉に後押しされて前を向くことができたという大舘さんが初めてプロレスを見たのは、中学2年生の頃。夜中のテレビ中継だった。
「子どもの頃から『ドラゴンボール』とか『キン肉マン』に憧れていたので、アニメが現実に出てきたような衝撃がありました」
なかでも心をつかまれたのが、小橋建太選手だった。何度やられても立ち上がり、前へ進み続ける姿。その愚直なまでのファイトスタイルは、のちの大舘さんの人生に深く刻まれていく。
現在、大舘さんの得意技の一つである逆水平チョップも、小橋選手の代名詞ともいえる技だ。憧れたレスラーの必殺技を、自分自身の武器として受け継いでいること自体が、大舘さんにとっては夢の延長線上にある。
ただ、その少年時代は決して順風満帆ではなかった。生後8カ月で小児がんを患い、右目を摘出。左目も弱視だった。小学生の頃はバスケットボールをしていたが、パスをうまく取れない、縄跳びがうまくできない、そうしたことを下級生にからかわれ、いじめを受けた時期もあったという。
何度も辞めたいと思った。それでも両親は辞めさせなかった。
「自分で好きで始めたことだから、最後までやりなさいって言われて。あのとき辞めていたら、プロレスラーにもなっていなかったと思います」
見えにくいなかでも工夫し、努力し、少しずつできることを増やしていった経験が、のちに大舘さんを支える土台になった。
高校入学後には本格的にプロレスラーを志す。しかし左目の視力もさらに低下し、18歳の時に全盲になる。もうリングどころではなくなった。
「周りにダメだと言われたわけじゃなくて、自分で『もう無理だ』って決めつけてしまったんです」
好きだったはずのプロレスから距離を置き、夢の扉をかたく閉ざした。だが30代になって膀胱がんを患い、さらに肝臓への転移も見つかったことで、その扉を再び開けることになる。
病院のベッドの上で思い出したのは、筋肉質だった頃の自分、そしてリングに立つはずだった自分の姿だった。
「このまま死にたくないなって思ったんです。逃げたままで終わりたくないって」
もう一度、プロレスをやりたい。その思いが、大舘さんを再びトレーニングへ向かわせた。
音、気配、体温で闘う難しさ
大舘さんの試合を観ると、多くの人たちが心を揺さぶられると話す。全身全霊をかけて闘う姿と「諦めなければ夢は叶う」と訴えかける言葉は、明日への活力となる全盲でプロレスをする。言葉にすればそれだけだが、実際には想像以上に危険と隣り合わせだ。それに、大舘さんの試合は展開がはやい。まるで見えているかのように技を繰り出す。
https://youtu.be/72OmnMYle9M?si=yKE4rtiXYWqpysuJ
相手の位置をどう把握するのか。ロープとの距離をどう測るのか。受け身のタイミングをどう合わせるのか。大舘さんは、視覚の代わりに、音の反響、足音、空気の流れ、そして相手の体温までを感じ取りながら試合を組み立てているという。
「会場によって全然違うんです。野外かホールかでも音の返り方が違う。だから試合前に必ずリングや会場の空間を確認して、頭と体に叩き込んでいます」
それでも、見えないまま試合をすることは簡単ではない。今の所属先であるスポルティーバエンターテイメントに受け入れられてからも、いきなりデビューしたわけではなかった。安全を最優先し、約50試合のエキシビションを積み重ねた末に、ようやく正式デビューにたどり着いた。
「半歩のズレでも危ないので、合同練習だけじゃなくて、かなりマンツーマンで細かいところを詰めてもらいました。コーチも『目が見えないレスラー』を教えるのは初めてだったので、本当に一緒につくってきた感じです」
その土台にあるのが、プロレスという競技がもともと持っている“信頼関係”だと大舘さんは言う。見えないからこそ、相手を信じるしかない。そして、相手もまた大舘さんを信じて技を受け、試合をつくる。その関係性は、単に勝ち負けを超えた、人と人との深いコミュニケーションでもある。
「肌と肌でぶつかり合うことでしかわからないものがあるんですよね。どれだけ努力してここまで来たのか、どれだけ本気なのか、そういうことが体を通して伝わる」
プロレスは“見せる格闘技”であると同時に、“感じ合うコミュニケーション”でもある。大舘さんの闘いは、プロレスの本質をむしろ際立たせている。
