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日本初の全盲プロレスラーがリングで伝える“諦めない力”。「見えなくても夢は終わらない」

日本初の全盲プロレスラーがリングで伝える“諦めない力”。「見えなくても夢は終わらない」

ネガティブな自分、それでも前に進む理由

大舘さんと長男のしゅんくん、それに妻である恵津子さん。家族の支えがあるからこそ、今日もリングにあがる勇気をもらえる

大舘さんが「諦めなければ夢は叶う」とリング上で叫ぶようになったのは、自分自身に言い聞かせることでもあると話す。

「僕、全然ポジティブな人間じゃないんです。かなりネガティブです」

SNSでは明るく振る舞う姿が多いので、その言葉は意外でもあり、どこか少し安心もさせる。いつも前向きに見える人でも、落ち込むし、やめたくなる。それでも前に進もうとする。

「しょっちゅう挫折してます。試合がうまくいかなかったとか、思ったように動けなかったとか、怪我とか不調とか」

そんなときは、無理にポジティブになろうとはしない。落ち込むときは、とことん落ち込むようにする。

奥さんに話すこともあれば、レスラー仲間や友人に弱音をこぼすこともある。けれど最後は、自分一人で考える時間をつくる。そして、他の人が頑張っている姿に触れながら、また少しずつ気持ちを立て直していく。

常に強くあろうとしなくていい。一度沈んでもいい。ただ、自分を否定しきらないこと。それが大舘さんの実感だ。

「見えなくなったとき、僕は自分の可能性を全て諦めてしまったんです。その状態だとひたすら落ち込むだけ。だから、自分を責めすぎないでほしいし、今の状況を受け入れてあげてほしい」

では、そんな大舘さんが挑戦し続けられる一番の原動力は何か。そう尋ねると、返ってきたのは「子どもです」というまっすぐな答えだった。

「子どもが何かに挑戦するとき、絶対どこかで壁にぶつかると思う。そのときに、自分が諦めていたら『頑張れ』なんて言えない。言葉じゃなくて、姿で見せたいんです」

長男のしゅんくんは、大舘さんにとって支えであり、頑張る姿を見せたい相手でもある。デビュー戦を見たしゅんくんが「すごかった」と言ってくれたことは、大舘さんにとって何より大きな出来事だった。

「今すぐじゃなくても、何年後かに感じてくれるものがあればいいなと思っています」

そして、その挑戦を一番近くで支えているのが妻・恵津子さんだ。

二人の出会いは、鍼灸マッサージの仕事先だった。大舘さんが訪問マッサージをしていたとき、アシスタントとして一緒に働いたのがきっかけだ。結婚までは早く、半年ほどで夫婦になったという。

「波長が合ったんだと思います。普通、見えない人が何か新しいことをしようとしたら、危ないからやめたらって言われることも多いと思うんですけど、奥さんはいつも背中を押してくれる。結婚していなかったら、プロレスラーを再び目指すことはなかったですね」

先天性難聴のハンディを抱えながらプロレスラーとなった元SPEEDのメンバー・今井絵理子さんの長男である今井礼夢さん(HEAT-UP所属)と。二人はタッグを組んで試合に挑むなど、親交を深める

現在41歳。自分の体がいつまで思うように動くのかは、大舘さん自身にもわからない。だからこそ、動ける今をすべてプロレスに注ぎたいと考えている。

「プロレスに全集中です。自分の肉体がどこまで動くかもわからないので、動ける間は全部を使いたい」

トレーニングは週4〜5回のウエイトに加え、受け身やマット運動を週2回ほど。自宅のガレージにはバーベルを置き、仕事の合間で体をつくる。柔道をベースにした大腰、小橋建太選手の代名詞でもある逆水平チョップは、いまや大舘さん自身の武器でもある。

大舘さんが見せたいのは、単に「全盲でもできる」という物語ではない。本気で挑戦する姿を見せることで、その背中を見た人たちが、また未来へ踏み出していく。そんな循環だ。

「リングの上でファイトしている姿を見て、元気になる人が増えてほしい。仕事やいろんな場所で活き活きしていたら、それを見た子どもたちも『ああいう大人になりたい』って思うかもしれない。そうやって元気な日本の力になればいい」

目標は、いつか世界最大の舞台・WWEに立つこと。だが、その夢のさらに先にあるのは、自分一人の成功ではない。リングは、強い人だけの場所ではない。迷っている人、立ち止まっている人、もう無理だと思っている人が、もう一度前を向くきっかけにもなり得る。

全盲レスラー・大舘裕太さんの闘いは、そのことを証明し続けている。見えなくても夢は終わらない。今日を生きる私たちに、確かな勇気を与えてくれる。

PROFILE 大舘裕太
1984年生まれ。広島県福山市出身。日本で初めての全盲のプロレスラー。生後8ヶ月で目に小児癌が見つかり、右眼の摘出手術を行う。1996年に柔道をはじめ、2000年に16才でプロレスのリングに上がるが、2002年に左目の視力がなくなり全盲に。一時プロレスから離れるが10年越しの夢を叶えて2024年7月にプロレスデビューを果たす。スポルティーバエンターテイメント所属。鍼灸マッサージ師国家資格取得。

text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:スポルティーバエンターテイメント

配信元: パラサポWEB

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