高額療養費制度〈見直し〉問題の中で、衝撃を受けたのは……
――日本とドイツの医療制度双方を生活の中で利用してきたマライさんから見て、「世界に冠たる日本の国民皆保険制度」という言葉をどう思いますか?
改善の余地があります。メディカルケア全体を考えると日本は世界のトップクラスでしょうけれども、改善の余地はあるよね、追加のお金がかからないのがベストだよね、と思います。そのためには皆が負担しなければいけないから、保険料は今よりもちょっと高くなるでしょう。でも、それで社会全体の安心感が買えるのであれば、むしろ安いものなんじゃないのかなと、あくまで個人の意見ですけど私はそう思います。
ずっとタバコを吸ってきて肺がんになった人やずっと酒を飲みまくって肝臓を壊した人の治療代を自分が支えるのはちょっとムカつくかもしれないですけれども、その場合も精神疾患や依存症などの別の理由が背景にあるかもしれない。
そういう様々な事情も含めてみんなの面倒をみんなで見ましょうね、という社会が理想だし、その理想を叶えることは可能なんだから、高額療養費制度を利用している弱い人たちの負担を多くするというやり方が、私にはあまり理解できないんですよね
――その議論を、今まさに国会で行っているわけですが……。
『高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉』の原稿を読んで衝撃だったのが、去年の国会ではギリギリの段階で凍結になりましたよね。その前に、NHKと読売新聞が(2024年年末に)報道したけれども、そのときは大きな話題にならなかったと書いていたことが自分の感覚ではちょっと謎で、『それって皆が怒るところじゃん!』って思うんですよ。
私も日本に長いので皆が怒らないのももちろんわかるんですけれども、それこそ『国のあり方としてそれはあかんだろう』と立ち上がらなきゃいけないところだと思うんですよね
――その2024年末には世間の注目を集めなかったけれども、全国がん患者団体連合会(全がん連)や日本難病・疾病団体協議会(JPA)がオンラインアンケートや署名を集めたり国会議員に働きかけたりして、また自民党もこのままだと夏の参院選で負けるかもしれないという計算もあって、去年3月に一旦凍結されたわけですよね。その凍結後に議論が再開して〈見直し〉案が国会で議論されているので、今はまさに正念場なんですが、世間はイラン戦争やホルムズ海峡の報道が中心になるので、どうしても高額療養費制度の問題はあまり報道されなくなりがちです。
それがすごく残念で、議論が必要なものを充分に議論できていないのなら、それこそ先送りでいいじゃないですか。そこの結論を出すのは、別に2年先だってあまり変わらないような気がするんですよ、正直なところ。
だから、今はホルムズ海峡問題が重要なんだからそれを先にしっかりとやってもらって、高額療養費制度のことは後でじっくり議論しましょうね、国民の意見も反映しましょうね、というふうにすればいいんじゃないかと思うんですよね
(編集部註:インタビュー実施後の4月7日に政府予算案は参議院を通過し、高額療養費制度〈見直し〉案も了承されることになった)
社会保障の議論はドイツにもある
――日本の国会では政府の予算案、一応は「案」と言っているけれども政府が作って決めたものだから、修正には基本的に応じようとしないんですね。先日、マライさんが出演された『報道1930』(BS‐TBS)でもおっしゃっていましたが、ドイツの今年度政府予算案は1330ヶ所の修正があったそうですね。つまり、最初の法案はあくまでもたたき台で、与野党でこれを揉んでいいものを作っていきましょう、という考え方なんですね。
「予算を決めることができるのは、もちろん主に与党なんですが、野党の意見も場合によって反映をします。だって、いいアイディアがあってそちらのほうが現実的だったら、『確かにそっちのほうがいいよなあ』ってなるじゃないですか」
――日本の国会だと、「すでに閣議決定しているから」とか「野党の意見で変えるわけにはいかない」という与党や省庁の面子の問題が大きいように見えるんですよね。社会保障のいろんな政策に対して、所得層や職業別などでいろいろな考え方があると思うのですが、たとえば国民民主党は手取りを増やすとアピールし、日本維新の会は社会保険料の大幅な負担減を前面に打ち出して一定の支持を得ています。ドイツの政党間でも、社会保険料は争点になるんですか?
なっていますよ。ドイツでも、社会保障にはお金がかかっているんですよね。理想としては、皆が支払う社会保険料で成立するはずなんですけれども、近年では公的健康保険にも税金が投入されているので、それをどうやって節約するか、ということが今まさに議論になっています。
たとえば、2027年には153億ユーロの赤字が出るであろう、3年後にはそれが400億ユーロに膨らむかもしれない、という話で、医師の報酬を減らすとか医薬品や病院のコスト抑制といったことが議論になっています
――日本と似たような方向性の議論ですね。
あと、今一番議論されているのが、お酒とタバコの課税に加えて、砂糖が入っている飲料に課税するかどうか、という問題です。
今は砂糖が入っている飲料の課税はされていないんですが、健康的ではないし病気に繋がる可能性がある、という理由で、もしかしたら導入されるかもしれない。毎日たくさん飲むと体に良くはないでしょうけど、たまに1本飲んだって別に病気にはならないじゃないですか。だから、そこに課税するのはアンフェアだという意見もある。『砂糖は悪なのかそうじゃないのか』みたいな話題はラジオ番組やポッドキャストでドイツのニュースを聞いていても、よく流れてきますね
――ちょっと形を変えたタバコ税みたいな。
「そういうことですね。あとは低所得者の医療費をどうするか、という問題。低所得者の負担を上げるのではなくて、国家財政へ移して面倒を見るようにするべきかどうか、という議論になっています」
――社会保険料ではなくて低所得者は税金で面倒を見よう、ということですか。
そうそう。今はそういう議論がある感じですね。それらの中でも一番キャッチーなのが、砂糖入り飲料の課税ですね。
あと、政党間の議論ですが、中道右派は公的保険と民間保険の二本建てになっている今の医療保険制度を維持しましょう、と言っているんですね
――それに対して中道左派はどう言ってるんですか?
中道左派と緑の党は、公的保険に一本化しましょう、という意見です。医療的なダブルスタンダードはよくないので、全員を同じようなレベルに、ある意味でちょっと(民間保険の給付水準を)下げることによって、もしかしたら社会保険料を安くできるんじゃないか、という考え方です。
ポピュリスト政党はそこらへんについてはあまり口を出していなくて、右派のポピュリスト政党は社会保障を圧迫しているのは移民のせいだ、と文句を言えない人たちに責任を全部押し付けて単純な話に持っていくわけです。もう一方のポピュリスト左派は、お金持ちが悪い、という主張です

