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特別をめぐる愛憎劇── 一度やりたかった一族ものを書きました『燻る骨の香り』千早 茜 インタビュー

特別をめぐる愛憎劇── 一度やりたかった一族ものを書きました『燻る骨の香り』千早 茜 インタビュー

ソウルメイトなんていないよ

──そうした苦労もあって(笑)、香道に関する情報が分かりやすく盛り込まれていて、非常に面白かったです。実際に京都に行って取材をされたのですか。

 最初は東京で聞香(もんこう)体験などをしたんですが、しっかり一冊書くのだったら、ということで、京都の松栄堂さんに取材させてもらいました。以前から松栄堂さんには個人的に工場見学をさせてもらったりしていたので、結構資料はそろっていました。お香の工場って、思った以上に匂いが強くてびっくりしますよ。薫りの竜巻に飛び込む感じで、帰りの新幹線でもまだ匂いが沁みついていました。

──調合の様子や、香原料の種類などもいろいろ盛り込まれていて、はじめて知ることも多かったです。

 この連載を始めた時に、意外なほど「香道って何?」とか「香木って何だろう」という感想があったんです。私は高校の日本史の授業で蘭奢待(らんじゃたい)がでてきた時に、すこし燃やしただけでそんなに薫るなら、全部燃やしたらどうなるんだろう、街ひとつ薫りに吞まれるのかな、と想像を膨らませていました。なので、こんなにも知られていないことが意外で……。

──蘭奢待は、正倉院におさめられている香木ですよね。時の権力者たちが少しずつ切り取って聞香してきたという。

 そうですね。あんがい時の権力者は慎ましいなと思いました。ただ、香木の薫りを知っている人は少ないでしょうし、自分が書いていることが、ちゃんと伝わるのか不安はあります。作中に出した香原料も一覧にしたんですけれど(と、細かなリストを取りだす)、香料の名前を見ても、どんな香りか想像つかないですよね。

──白檀(びゃくだん)とか乳香(にゅうこう)は知っている人も多いのでは。でも、たとえば龍涎香(りゅうぜんこう)などは、マッコウクジラの結石が香料になるのか、と驚きますよね。作中でうまく説明されていて、そこも面白く読みました。

 かなり説明を入れました。そう考えると、『赤い月の香り』のなかの一章で香道を書こうとしたのは、やっぱり無理なことでした。

──香りによって人をコントロールする、といったエピソードもあって、そこもまたミステリ味が濃かったです。

 そうですね。前の二作でも、たとえば嗅覚順応のことは書いているんですけれど、今作はその応用編があったりします。実際はそこまでコントロールできないと思いますが。

──終盤には意外な真実も明るみに出て、まさに、愛憎劇が浮かび上がります。

 ネタ帳には、三作目のテーマについて「特別をめぐる愛憎」と書いていますね。

──「特別」というのは。

 この前日譚の朔は二十歳前後ですよね。それくらいの年頃は、特別な人や、特別な関係への憧れが強い気がします。そういう時期に朔がどういう体験をしたのかを考えました。『透明な夜の香り』と『赤い月の香り』を通して、結局のところ「自分の世界は自分にしか理解できない」という人間の孤独を描きましたが、朔がそうした孤独に行きつくには、どういう過去があったんだろうか、と。
 私も結構こじらせていた時期に、自分の唯一の理解者がほしいと思っていたんですけれど、どうしたって100%は無理なんですよね。相手が自分に近い人、似た人であればあるほど、ちょっとのズレが許せなくなっていくと思うんです。なので、今回もソウルメイトなんていないよ、という気持ちで書きました。でも、さきほど若い編集者と話していたら、ソウルメイトという言葉自体を知らなかったんですよ……。

──え、そうなんですか。魂のレベルで繫がった特別な相手のことですよね。全世代が知っている言葉だと思っていましたが。

 今の若い人はソウルメイトを求めていないのかなと思いました。だとしたら、今回の話はちょっと伝わりにくいかもしれません。

──いえ、ソウルメイトという言葉を知らなくても、朔と丹穂という香りの天才同士や、朔と真奈、あるいは姉妹の間や一族の間に何があったのか、興味を引きつけられるはずです。それと、シリーズでお馴染みの朔の友人、新城(しんじよう)も登場しますよね。彼は若かりし頃から「チンピラみたい」と言われていたんですね(笑)。

 新城もこの頃はまだ若いので、ちょっとだけ、靴の趣味などが違うんです。でも、朔も同じく若いはずなのに、全然若さがだせませんでした(笑)。

百年もない人生、好きなものだけを描く

──洋館や一香も出てくるのが、読者としては嬉しかったです。今更の質問ですが、そもそも調香師の話を書こうと思ったのはどうしてだったのですか。

 当時の担当編集者から、「天才もののエンタメを書いてほしい」という依頼がきたんです。最初はピンとこなくて「天才?」みたいな感じだったんですけれど、めちゃくちゃ役に立たない天才ならいいかな、と思って、香りの天才にしました。

 鼻がいいと、損なことしかないんですよ。外に行ったらいろんな匂いがなだれこんできてつらいし、家にいても、居酒屋から帰ってきた夫に玄関で服を脱いでもらわないと臭くて耐えられないんです。他者に対してすごく心が狭くなるので、いいことがないです。なので、「そういう天才ならいいよ」と言って書き始めました。

──素敵な天才を書こう、みたいな気持ちはなかったんですね(笑)。

 なかったです。朔は私の一部からできているんです。だから、あまり人気がでたら困るんです。私はただ、ものすごくどエンタメの提案を受けて、趣味を全部入れて書いただけです。朔の住む洋館なんかは私の理想です。

──庭園ではハーブなどが育てられていて……。あの洋館は本当に素敵です。具体的な場所は明記されていませんが。

 関東をイメージしていますが、都心ではないですね。街中にいたらいろんな匂いが漂ってくるから、朔は風上の高台にしか住めないので。

──そこまで嗅覚が鋭いとしんどいですね……。

 一応、朔の嗅覚の設定としては、犬なら可能、というくらいのレベルにしています。ただ、地中のものの匂いが分かるところは、トリュフを見つける豚並みですね。

──嗅ぎたくない香り、嗅がれたくない香りに気づいてしまうのはお互いにしんどいですよね。調香師の話というと素敵な香りばかりイメージしてしまいますが、このシリーズはちょっと違いますね。

 そうですよね。体臭についてここまで書かれたら嫌ですよね。でも、私はグロテスクなものが好きなので、本当はこのシリーズも、そうした面がもっと前面にでてほしいんです。でも、読んでいる人の感想を聞くと、あまり届いていなくて。

──千早さんの作品はどんなにグロテスクでも、絶対に下品にはならないですよね。書き手の美意識を感じます。

 そうでしょうか。標本は好きだけど腐敗は嫌いだからかな。臭そうだから。だからゾンビは苦手ですね。レクター博士がつくるような死体アートはオッケーなんですけれど……。

──では、美しい花が朽ちていく様子なんかはどうですか。

 駄目です。花瓶の水が腐っていく匂いが嫌なので。家でも花は玄関にしか飾っていないです。観葉植物も、土に水をかけた時の匂いが駄目なんです。

──好き嫌いが明確ですよね。自分の中で確固とした好みが確立されていると、ご自身でも思いますか?

 めちゃくちゃ思います。人生は百年もないから、好きなものを描くだけでたぶん終わっちゃうんですよね。だから興味のないものを無理に取り入れる気はまったくないです。そういう点は、ものすごく揺るぎないです。偏屈なので(笑)。

──この先、お好きなグロテスクを極めたいですか。

 はい(即答)。

──レクター博士のような、猟奇的なものとか?

 いつか、やりたいですね。本当にやりたいですね。

──力強いお言葉。楽しみです!

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