ソーセージの玩具があったり、店名のせいでホットドッグ店と間違われがちだが、サンドイッチ店。ホットドッグもソーセージも置いていない。「では、なぜその名に?」の答えは本文で。

最もカッコいい単語2つをあわせて、つける。
たっぷりのレタスにサバのコンフィ、マヨネーズにチーズとか。少しだけ焼いた黒糖パンにそれらを挟み、ペーパーにくるっと包む。半分めくってからガブリといけば、あとは昇天するだけだ。舌と胃と脳がガツンとくる美味さをビールで流し込み、幸福感に浸る。
一昨年、世田谷の豪徳寺にできた『ソーセージパーク』は危険なほど美味いサンドイッチ専門店だ。美味さの秘密は? と聞くとオーナーの渡邊雅幸さんが返す。
「バランスですかね。食材の味、食感、それぞれを引き立て合える絶妙なバランスを意識してます」
なるほど。にしても、店にはソーセージはなく、ホットドッグもない。なのになぜ『ソーセージパーク』か? すると今度はニカッと笑いながら教えてくれた。
「僕が考える世界で最もカッコいい英単語がソーセージとパークだったからです。もっとも、思いついたのは中2の頃でしたけどね」
勝手にプリントした服を友人たちに配っていた。
品川区西大井に生まれ育った。
父がサッカー選手だったこともあり、小中とサッカーに熱中するも挫折。サム41に出会って、パンクミュージックに傾倒する。
とはいえバンドも組んだが、むしろパンクの「DIY精神」みたいなものに共感したようだ。中2くらいから古着のスウェットやTシャツを買っては、そこにお気に入りのプリントを入れる服づくりにハマった。プリントしたのは当時流行っていたSNS、ミクシィでつくったコミュティ名だった。
「コミュニティに入っている仲間たちにその服を配っていました。着て集まるのがうれしくて。その名前が『ソーセージパーク』だったんです。カッコいいかなと」
そんな独特の感性とクリエイティビティ、そして人への興味が重なって、渡邊さんは一度はドキュメンタリー映画の監督を目指す。和光大学で映像を専攻。卒業後はテレビのADや映画の助監督として、その道を駆け出した。
「ただパワハラがすごくて2年でスピンアウトを。ユーチューブで作品を発表する場も出てきたし、自己資金を貯めてインディーズで作品作りをしようと考えました」
そして資金稼ぎのために飛び込んだのが代官山『キングジョージ』だった。たっぷりの具材をはさみ、ペーパーで巻いて切り、断面を見せる――。そう。いま渡邊さんが手掛けるのと似たスタイルの、大人気サンドイッチ店だった。
「大学時代もグルメバーガーの店でバイトするなど、アメリカンなフードが好きだったんです。どうせ稼ぐなら、と選びました」
飛び込んだ人気店のすごみは、味だけじゃなかった。むしろ「見せ方の巧さにうならされた」と言う。ココが元祖といわれたぶ厚い断面を見せるスタイル。旧い一軒家を改装した内外装の洒脱さ。ポスターの額の中になぜか1万円札が紛れ込んでいる演出――。
「ちなみに『額の中のこのお札、何ですか?』とオーナーに聞くと『一番最初のお客さんが払ってくれたおカネなんだよ』って教えてくれた。カッコいいでしょ。でもウソなんですよ、それ(笑)」
ウソでもグッと来る物語を店に織り込む手腕に大いに影響を受けた。影響を受けすぎ、いつの間にか「自分のサンドイッチ店を出す」ことに夢が替わったほどだ。
「飲食店って目の前でお客さんの美味しさの反応に触れられるのがいいなと。このライブ感は映像制作にはない魅力だったんです」
もっとも自分の店を出すなら、もう“ひと手間”加えたかった。それが造り込んだ具材だった。
「前の店は良い食材と見せ方にはこだわったけれど、効率性も考えて火を入れたり自作するような具材はほとんど使わなかったので。僕は、ひと手間はいった料理を具材に使おうと決めたんですよ」
そこで店長まで務めた『キングジョージ』を辞め、三軒茶屋の人気居酒屋『マルコ』へ。星付きの和食屋にいた先輩に、ダシの味からや焼き物、煮物もすべて学んだ。フランクな接客も居酒屋仕込み。元々の人好きがさらに磨かれた。