「我那覇選手は誰がどう見ても真っ白です」――。2007年、Jリーグを揺るがせた川崎フロンターレ・我那覇和樹の“にんにく注射騒動”をめぐり、連絡協議会の会議室では、チームドクターたちがJリーグのドーピング裁定に真正面から異議を唱えていた。静かな怒りが充満するなか、議論はやがて平行線をたどっていく。そして、その背後にはFIFA、WADAの見解という“決定的な材料”も存在していた――。『争うは本意ならねど』から一部を抜粋、編集してお届けする。
「我那覇選手は誰がどう見ても真っ白です」
田中「もともとこの件は事件じゃないんです。(たとえ)にんにく注射をしたとしても(WADA規程では)ドーピングじゃないんです。これはあくまでも(Jリーグ独自の)倫理規程なんです。これはすごく大きな責任です。
田嶋さん(JFA専務理事)にも羽生さん(Jリーグ事務局長)にも聞いていただきたいんですけど、これはドーピングではないんです。禁止物質を入れたわけでもない、日常の医療行為を行なっただけなのに、どうしてこれをドーピングにしたんですか。
しかも、将来性のある後藤ドクターをスポーツ界から追放しようとしている。我那覇選手の試合をあれだけ停止している。チームには1000万円も科している。これがそんな違反ですか? 誰が考えてもドーピングじゃないでしょう。ひどすぎです、これは。こういう判断をする資格が残念ながらDC委員の方にはないと思う。非常に残念ですが」
医師としての静かな憤怒が満ちていた。
青木は耳を疑うような言葉を返した。
青木「あのー、じゃ、申し上げます。はい、にんにく注射が(WADA規程では)ドーピングじゃないと言われれば確かにそうかもしれません。(Jリーグ独自の)倫理規程と言われればそうかもしれない。(それでは)先生方はなぜ、チームにDC委員会から通知を出してほしいと言ってきたんですか」
1月21日の会議で、健康な選手に対するにんにく注射の類いの注射は禁止薬物が含まれていなくてもドーピング違反になると説明を受けた際、その内容を正式にクラブに文書で通達してほしいと伝えたドクターたちの要望のことである。
仁賀「ドーピング規程で処分できるとDC委員会から説明があったからです。(DC委員会の)先生たちを信じたからです」
ガンバの田中は誇りを含んだ口調で続けた。
「Jリーグが始まって15年、一人の違反者も出していない。我々は必死になって守ってきて、誰もそんな人はいません。もし何かあったらどうするんだ、と皆さんおっしゃっていますが、ここにいるドクターは誰もそんなことしていない。してくれと言う選手もいません。それは理解して下さい。自分たちの(勝手な)仕事がしたいから、と言われているふうにしか思えません」
青木「そんなふうには思っていません」
田中「これをドーピングに認定した罪は大きいですよ。サッカー協会は責任は大きいですよ」
仁賀「なぜにんにく注射をドーピングにしたんですか」
青木「そもそも静脈注射は原則として禁止であるということの具体的な例として言っているんです」
仁賀「でもにんにく注射はドーピングに相当しなかったとおっしゃいましたよね」
青木「いや、それはもしそういうふうに言われるのであれば、DC委員会に持ってくる必要もなければ、我々も話題にする必要はなかったということです」
仁賀「それは、話題にしなきゃだめだし、処分はしなきゃだめですよ。僕たちがちょっと言ったくらいで変わるものではいけないんです」
青木「つまり、にんにく注射は一つの事例でしかありません。にんにく注射にターゲットを絞った規程なんてありえません」
仁賀が声を強めて言った。
「ひとつだけ言わせて下さい。我那覇選手は誰がどう見ても真っ白です。無罪の我那覇選手をこのまま有罪で残すことは、僕たちは絶対承服できません」
青木「先生方はそう思われているかもしれませんが、現実に我々はそう思っているわけですから、それ以上の問題にはなりません」
この青木の発言にガンバの田中はこらえきれなかった。
空転しだした議論
「フェアプレイは選手だけじゃないんですよ。我々はあの旗を見ながら試合に臨んでいるんです。だから間違ったことであれば、改めるべきだと思います」
青木は折れない。
「我々の判断、少なくとも今回の事例に関する判断は妥当だと思います」
ドクター側からたまらず声が出た。
「我々の判断と先生の判断が違ったら、今後この(連絡協議会)会議は成り立ちません。こういう事例が繰り返し起こることは……」
青木「要するに我々はあまりにもこれはおかしいだろうという医学的な判断で判断を下したんです」
仁賀「WADAの条文に従わなきゃだめですよ。現場のドクターに委ねるべきと書いてあるんです」
青木「第三者の我々の判断も加わりますよということも」
仁賀「それは条文のどこにも入ってないですよ」
青木「それは適切な機関からもらえばいいんですよね」
青木は非を認めず、またも同じところで議論は空転しだした。見かねるように田嶋幸三が割って入った。
田嶋「僕は医者でも弁護士でもなくて、(JFA)専務理事としてまた選手・コーチの経験者として、この問題に関わらせていただきました。また文科省、FIFA、JADA等の窓口として関わらせていただきました」
田嶋はまずその報告をさせてほしいと切り出した。
「JADAがどう考えているか問い合わせたが、加盟していないこと、途中から関わることに対して適切ではないということで我々としての見解は出せないというふうに言われました」
これは寛田たちが公式文書をJADAから受け取る前のやりとりであったが、JFAとしてもJADAの判断を仰ごうとしていたことは自浄作用として評価できよう。また換言すればJFAもJADAの権威を十二分に認めていた証左である。
チームドクターたちが取ったJADAからの回答の重みをJFAも理解しているということである。田嶋は続ける。
「その後、WADAからFIFAに問い合わせがありました。それを受けて我々はすべての書類を英語に訳し、FIFAへ提出し、同じものを文科省にも提出しました。その上で口答でしか返事は来ませんでしたが、FIFA・WADAとも、本件に関してはCASには申し立てをしない。次回からは(試合数ではなく)期間で罰してくれという見解が来た。これについての見解はいろいろ見方があると思うので、事実だけを申し上げます」

