
『まんが日本昔ばなし』(画像:株式会社Speedy) (C
【画像】「え、ヤバすぎ」「子供にはキツい」 これが『日本昔ばなし』の心をえぐる少女のエピソードです(8枚)
日本の心を語り継ぐ「まんが日本昔ばなし」
日本各地に伝わる昔ばなしを映像化し、多くの子供たちに愛された『まんが日本昔ばなし』は、1975年から1994年まで放送された膨大な数のエピソードに登場する人物を、すべて市原悦子さんと常田富士男さんが達者な演技で演じ分け、多くの教訓や道徳を教えてくれた偉大な番組でした。
ちょっとした油断で人は簡単に命を落とすことを教えてくれた「吉作落とし」、小さな娘がうかつな言葉を漏らしたばかりに父親を人柱にされてしまう「キジも鳴かずば」、人の欲望の果てしなさを描いた『加茂湖の主』など、子供たちがひとりでトイレに行けなくなるような恐ろしいエピソードも数多く放送されていましたが、いま思えば世の中の恐ろしさを教えてくれた大切な時間だったと思えます。
そんな『まんが日本昔ばなし』がなぜ終わってしまったのか。20年近く放送を続けたことによるエピソード不足やマンネリ化などさまざまな理由が挙げられますが、最大の理由は、「裏番組」との壮絶な戦いがあったからです。

「カチカチ山」場面カット (画像:株式会社Speedy) (C)愛企画センター
「プロ野球」以外にも強力な裏番組が
80年代までは、現在のように映像を見るための機材がたくさんあったわけではなく、TVが1台しかない家庭が一般的でした。しかも、プロ野球のTV中継が毎日のように行われており、アニメの放送が中止になることも多かったのです。『まんが日本昔ばなし』は土曜の19時から放送されていた地域が多く、お父さんが野球を見るのでアニメを見ることができず、悔しい思いをしていた方も多かったのではないでしょうか。
しかも、この時間帯は放送業界で最も視聴率を取りやすい「ゴールデンタイム」と呼ばれており、プロ野球以外にも強力なライバルが次々と登場していました。
まず挙げられるのが、1991年にスタートした「Jリーグ」の中継でしょう。当時は『キャプテン翼』を通じてサッカーに慣れ親しんだ人も多く、Jリーグは開幕と同時に爆発的な人気を獲得しており、『日本昔ばなし』にとってはかなりの脅威となりました。
次に。ビートたけし氏と故・逸見政孝氏が司会を務めた『たけし・逸見の平成教育委員会』も、大人層を中心に視聴者を獲得していました。
とどめともいえるのが、『美少女戦士 セーラームーン』の登場です。1992年から放送された「セーラームーン」は社会的現象とも呼べるほどの圧倒的な人気を誇り、いまも世界中で愛されるビッグコンテンツとして存在感を保持しています。
これだけの番組を相手にすれば、いくら愛され親しまれた『まんが日本昔ばなし』も太刀打ちはできません。1994年8月27日に放送された「飯降山(いぶりやま)」を最後に新作の制作は終了し、間もなく放送自体も終了を迎えました。
