サイコパス船長VSガッツのあるサーファーの対決カード
そんな秀逸なオープニングを経てからメインの物語に移行するのだが、こちらの描写も存外よく出来ている。
まず、主人公のサーファーであるゼファーは、何やら「過去の傷を癒やす」という目的のために、オーストラリアのゴールドコーストに逃れてきたようで、地元の不動産業者の青年モーゼズと出会い一夜を共にしているものの、どこか対応はそっけなく「ここではないどこか」を探しているように見える。
そんなゼファーは、突如してサイコパスの船長タッカーに拉致・監禁されるという極限状態に置かれてしまう。
このあらすじからわかる通り、本作はそれなりにキャラクターの描写を見せてから、監禁からの脱出サスペンスへと転換していく。序盤のゼファーはややダウナーで消極的にも見えるからこそ、監禁されてからタッカーに「ガッツがある」と褒められるほどに精神的にも物理的にも強く戦うギャップが際立つ。さらに、彼女のことをわずかにでも知っているモーゼズに「お願いだから彼女のことを見つけてくれ!」と観客が願える効果も生んでいる。
こうして「サイコパス船長VS(監禁されているが)ガッツのあるサーファー」の攻防戦が展開されるわけだが、もちろんサメが忘れられているわけではない。サメがどのように「利用」、いや「武器」にされるか、どのような事態が起きるのかは秘密にしておくが、人によっては本気で不快になってしまうかもしれないほどの、容赦なしの「サメ地獄」を体感してほしい。
「ここぞ」という時のサメの活躍こそが見どころ
ここまで書くと「サメよりもサイコパス船長のほうが目立ってね?」と思う人もいるかもしれない。実際その通りだ。サメはあくまで「利用される側」であり、サスペンスはサイコパス船長とのバトルが主体なのだから。ともすれば、サメを「添え物」のように感じてしまい、それをもって否定的な評価を下す人もいるかもしれない。
しかしながら、本作ではむしろそれこそが重要だったと思える。サメは多くの場面で「背景」であるが、その背景こそが「サメに取り憑かれた」船長タッカーのキャラクターに深み(あるいは浅はかさ)を与えているのだと、中盤のセリフからわかるようにもなっているからだ。
何より、前述したオープニングシーンでサメの美しい姿も見せているし、クライマックスとラストではさらなる見せ場もある。サイコパス船長が目立っているからこそ、「ここぞ」という時のサメの活躍も見どころになっているので、このバランスも筆者は肯定したいのだ。

