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世界最高齢プロデューサー石井ふく子が絶対に描かない「2つのこと」…「心と心が通い合う家族のドラマを作りたい」

世界最高齢プロデューサー石井ふく子が絶対に描かない「2つのこと」…「心と心が通い合う家族のドラマを作りたい」

『渡る世間は鬼ばかり』や『肝っ玉かあさん』など数々のホームドラマを世に送り出してきた世界最高齢の現役プロデューサー・石井ふく子さん(99)。現在、生誕百年記念と銘打たれた舞台『明日の幸福』の演出を手掛けているが、なぜここまで“家族の物語”にこだわりつづけるのか。その背景にある想いと戦争体験、そして昨年話題になった山田洋次監督との“計191歳タッグ”など、仕事観についても話を聞いた。(前後編の後編)

なぜ家族の物語にこだわるのか

前編はこちら

これまで数々の“家族の物語”を描いてきた“ホームドラマの名手”、石井ふく子さん(99)。なぜ家族にこだわり続けるのか。その背景にある想いを聞いた。

「やっぱり私は一人っ子で、今でも独り身だから、家族のある人が羨ましいんです。そういった憧れがあったからこそ、家族の物語をずっと描き続けてこられたんでしょうね」(石井ふく子さん、以下同)

芸者の母のもと、東京で生まれた石井さん。未婚だった母はその後、俳優の伊志井寛さんと結婚したが、石井さんはほとんど一緒に暮らすことはなく、幼少期は祖父母に育てられたという。

「両親はどちらも忙しかったから。とくに祖母がよく面倒を見てくれたんですが、亡くなったときはすごく悲しくて、毎日泣いていました。母に『あんたの母親は私なのよ』と言われましたが、当時の私には実感が持てないぐらい、両親には構ってもらえていなかったんです」

石井さんが手掛ける“家族の物語”には、そうした個人的な憧れが色濃く投影されている。その一方で、「あえて描かない」と決めているテーマがある。それが「不倫」と「殺し」だ。

「今の時代は、家族のあいだで起きる悲惨なニュースがあまりにも多いでしょう。あれではいけない。だからこそ私は、お互いの心と心が通い合うような家族のドラマを作りたいと思っているんです。それと、不倫そのものが嫌いだから、作品でも描こうとは思わない。不倫をするのは、その人自身に問題があると思っています」

18歳で迎えた終戦、TBS入社、そして山田洋次監督との“計191歳タッグ”

昭和、平成、令和と時代をまたいで家族を描き続けてきた石井さん。では、自身が思い描いてきた理想の家族像に最も近いのは、どの時代なのか。その原風景について尋ねると、

「戦争前の昭和の家族像ですかね。戦争でずいぶん変わりましたよね、いろいろ…」

と、言葉少なに語った。

戦時中、石井さんは爆撃を避けるため、両親のいる東京を離れ、山形の知人宅へと疎開していた。当時の記憶について、こう振り返る。

「いつ爆弾が落っこちてくるか分からない。外に出ても気が休まる瞬間がないんです。いつも心の中で『怖いな』『防空壕入らなきゃいけないかな』と思っていたの。だから戦争は本当に嫌い。18歳で終戦を迎えて東京に戻ってきたときはとても懐かしい気持ちに駆られました」

終戦後、ラジオ東京(後のTBS)に入社し、脚本家の橋田壽賀子さんとの出会いをはじめ、数々の縁を重ねながら、プロデューサーとして走り続けてきた石井さん。

「戦争はもちろんですが、基本的に争いごとが嫌なのよ。仕事でも友人関係でも、日々の生活でも。すべてにおいて穏やかで、平和な日々が一番幸せだと思っています」

100歳を前にして今なお現場に立ち続ける石井さん。昨年は山田洋次監督(94)とタッグを組み、ドラマ『わが家は楽し』を制作。“計191歳コンビ”として大きな話題を呼んだ。

「制作中は、私が山田さんに『ここはもう少し違うほうがいいんじゃない?』って何度もダメ出しをしたんです。そしたら山田さんから『石井さんに言われるから直すけど、こんなにダメ出しされること最近はないよ』って苦笑いされて(笑)。

それでも来年もまた一緒にドラマを作る予定です。山田さんも私も、お互い『この人となら、またテレビドラマをやりたい』と思えているんですよ。これからもいい刺激を与え合いながら、一緒に作品づくりを続けていきたいですね」

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